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会員活動

会員メッセージ
会員の皆様の現況・環境芸術に対するメッセージを掲載いたします。
[2000年以前]
●環境芸術の発展に期待する -アートとデザインの境界領域-  山口勝弘(名誉会員)
いつのころからかは定かではないが、私はアートとデザインの境界線上の仕事に興味を持ち始めていた。たとえば、空間と光の関係などが私の興味の対象であった。そのころ、美術家の伊藤隆康さん、デザイナーの石岡瑛子さんたちと「Off Off」というグループを作り、照明器具をデザインしたりした時期があった。
ビデオアートの場合も、西武の堤清二さんから頼まれて池袋の西武百貨店食品館の入り口にビデオ彫刻を作ったことがある。その後、六本木にできたメディア・ショップ「WAVE」の開店に際して、伊藤さん、石岡さん、そして建築家も加わって基本計画から実際の作品「メディア地蔵」を作った。
この時期、ホログラムでは小寺光男、サウンドデザインでは田崎和隆、ライトアートでは石井勢津子さん、サウンドインスタレーションではF.シャルルさんなどが活躍していた。これらアーティストの集団として設立した「アールジュニ」も活発な活動を開始した。そういう活動の中からホログラムを利用した「メディア地蔵」を制作して話題となった。西武百貨店との関係では、その後私は、建築家の柳沢孝彦さんと組んで、有楽町マリオンの店内各所にビデオインスタレーションを設置した。
その後私は、東京オペラシティのガレリアや大阪・天神橋商店街において「音と映像によるインスタレーション」を設置した。また、台北の美術館においては、キースラーの「エンドレスハウス」の思想的継承をおこなった。これらの仕事を通して、造形とメディアアートの融合を実現した。
キースラーもイタリアのブルーノ・ムナーリも、両者に共通しているのは、アーティストでありデザイナーであるということである。アートとデザインの境界の仕事をした芸術家として、建築家のコルビュジエは絵画と建築デザインを併行してやったし、彫刻家のイサム・ノグチもまた彫刻と日本の和紙を利用した「明かりのデザイン」で知られる。イギリスのウイリアム・モリスも新しい芸術の傾向をデザイン活動に応用するという社会的活動を行った。
私が環境芸術学会の設立を提唱した理由には、日本のメディアアートを社会的に位置づけたいという思いがあった。今省みると、かつての実験工房にはこのようなアート&デザインの萌芽があったと思う。環境芸術は、現代音楽、現代美術の発展型として見られたり、メディア間の結合として見られることがあるが、私は、もっと社会学的な視点から環境芸術のあり方を見直す時期に来ていると思っている。環境デザインを造形的な視点や情景だけでなく、光、音、空間、映像などをもっと導入してみてはどうかと思うのである。
私は環境芸術を、20世紀のメディアアートを社会学的立場に立って継承する必要があると考える。環境芸術学会の皆さんには、前世紀末に私が環境芸術学会を皆さんとともに結成した理由を、もう一度発展的に考え直していただきたいと思う。かつてメディアアートが、科学技術と芸術の融合を実現したように、環境芸術を、アート&デザインの視点から見つめなおそうというのが、私の提案である。
●酒百宏一(美術作家)

 現在“銀座”で作品をつくっています。
フロッタージュを利用して、まちの一部を写しとる制作を行なっているわたしは、9月からの個展に向けて、銀座と聞いて思い浮かぶような名店から海外高級ブランド店や庶民的な飲食店までのおよそ120の店舗や企業に協力を呼びかけ、その場所“らしさ”のある部分を写しとっています。これにより銀座というまちの“アート”に対する許容や“わたし”に対する受け入れや店の“銀座”に対する想いがフロッタージュのごとく浮かびあがってくるのではないかと期待しています。しかしそれは相手の反応に左右され、自分でも予測のできないまさに体当たりの制作になっています。はたしてどれだけの協力を得ることができ、またどんなものが写しとれるのでしょうか、今の銀座がいくらかでも見えてくるでしょうか。
この何ヶ月間毎日のように銀座を歩いていてもその変化に気がつかないほどまちの移り変わりにハッとさせられます。工事があまりに日常化してしまったことのせいで、まちに対してあまりに無関心になってしまったのか、どれも同じようなまちに見えてどこかの風景と錯覚しまったのか、工事をする側が私たちに気づかせないほどの技術の進歩をとげたのか、驚きと同時に不安にさえなってきます。気がつかないあいだに大事なものが失っていないだろうかと。時代の流れ、持ち主の都合といえば仕方のないことなのですが、なんともはがゆくてしょうがありません。
現代は高度情報化社会であり大量消費社会であることを改めて東京で実感しています。まちが情報のように絶えず更新され、それが時代なのだ、それが東京なのだとあたかも当然のような感じですが、わたしには不思議でなりません。
古くなったもの、汚いもの、不便なものというものは今の都会のなかで浮いて見えることがあります。しかし使い込めば使い込むほど味わいが増してくるものの良さは誰もが知っているはずです。そこには単に見えているようなこととは逆の価値をそこに見ているのです。木のツヤや丸みを帯びてくるかたち、塗料の剥げかかった色味やかたち、金属の錆のムラ、同じようで一つ一つ違うタイルや煉瓦の色あい、しかしそれだけではない多様な人のいとなみの痕跡をわたしはむしろ美しいとさえ思えます。そこには使った人や場所の記憶や歴史という目には見えないものが表面に現われてくるからなのだと思います。目に見えるものと目には見えないもの。最近見えていない人が多くなっているような気がしてなりません。

酒百宏一個展「銀座フロッタージュ計画」 
9月3日(月)〜9月27日(水) 日・祝休 INAXギャラリー2(東京・京橋)

●安田雅子(ファッションデザイン/神戸芸術工科大学ファッションデザイン学科)

『エレガンスの追求』
ファッションと言えば、かつては衣服に関してのものが大半でしたが、ヘアーメイク、靴、鞄や携帯電話、アクセサリーなどの雑貨、料理、インテリア等・・・現在はファッションの領域も多方面の分野に広がっています。
しかし、私は、衣服の制作者として常に女性をエレガントに見せることを追求しています。“エレガンス″は、精神的要素も大きいですが、ファッションにおいては、その時代の求める精神性と服装が調和することによって生まれると思います。
ファッションデザインにおいて、オート・クチュール(haute couture)とプレ・タ・ポルテ(pret-a-porter)に二分されるなかで、私が衣服をデザインする姿勢は、常にオート・クチュールにあります。女性の身体の曲線をいかにエレガントに美しく造形表現するかということです。デザイン・表現をするということに関してはファッションとアートは関連性があると思います。 衣服をデザインするとき、テーマのなかで、私はまず素材を見て、触れることにより素材の特性を生かしたデザインをイメージし、服作りの原点であるオート・クチュールにこだわり、立体裁断とオークチュール技法で具現化していきます。
まず、ボディ(人台)上にトワル(立体裁断用の平織布)で造形していきます。モデルでの仮縫いが終わるとそのトワルがパターン(型紙)になります。オート・クチュールは手作業が多く、作品はデザインから完成まですべて私の手で制作します。中々人には任されないというこだわりがあります。イメージし、試行錯誤しながら仕上げていきます。手加減というテクニックにより女性の身体の美しさ優しさが表現され、制作者の温もりが伝わる作品を作っていきたいのです。
作品の発表の場として、会員でもある日本デザイナークラブ(NDC)において開催されるファッションショーに継続的に出品しています。
手仕事は今、見直されています。人の手を経てこそ温かみのある物作りができるのではないでしょうか。様々な素材を使用し、衣服造形をするということは私にとって、この上なく楽しいものです。
エレガントで美しい衣服を求めて作品を作り続けてきましたし今後もその姿勢を貫こうと思っています。

2005年作品  和とのコラボレーション 2007年作品 繭をあしらったドレス
 
2008年作品 技のいろいろ  
[2008年]
●心地よい場  宇田恵(造形作家)

 今年の3月まで空間作品を制作研究する学生だった私は、4月より一般事務の仕事に就き、学会の学生会員から一般会員と変更させていただきました。
今週、私は大量のファイルをひっくり返して、文書をコピーする仕事をしています。上司に今週中に仕上げてほしいと言われましたので、1日中コピー機の前に立っています。職場の皆さんは、私がファイルの束を抱えて歩く様、コピー機を延々と動かし続ける様を見て、驚いた顔をされます。ハッキリ「拷問だね…」とおっしゃる方もいました。しかし、私はその辛い作業を不思議と楽しめています。いかに効率よく、美しいコピーを取り、その後の仕分け作業を楽にさせるか、という点に集中しているからだと思います。コピー機は一定のスピードで動くので、そのスピードに合わせて自分が動くことになります。そうすると、自然とファイルを置く場所、コピー原稿を置く場所、コピーの出来たてを置く場所、作業に使う左右の手の動きが決まってきます。その、機械と自分が調和して生まれるリズムが楽しいのです。
うまく表現できないですが、こういうことを考え、それを楽しんでしまうのは美術やデザインに関わってきたからかなと思います。私がこれまで取り組んできた空間作品(写真1)や病院のプロジェクト(写真2)のテーマは、「心地よい場を生み出す」ことです。ですが、美術作品だけが「場」を心地よくするわけではないと考えています。日常の生活に心地よさを感じることは多くありますし、意識をすれば、誰もが生み出せるものではないでしょうか。今の仕事は美術に関わる仕事ではありませんが、「心地よい場を生み出す」というテーマを持ち続けていることから、無意識のうちに美を意識することになっているのかもしれません。今、与えられている環境は、新たな作品を生み出すヒントを与えてくれる場であるように感じています。そのヒントを見逃さないように、明日もせっせとコピーをとっていきたいと思います。

 新制作受賞作家展
「響(ひびき)」 2008年
 角田病院 夜のあかりツアー 2006年
●「フェリーの大浴場はまるで波のプール」  金子直人
(メタルクラフト・写真/札幌市立高等専門学校准教授)

 16年前の4月某日未明。新潟港から乗ったフェリーから小樽港が見えてきました。東京の練馬で育ち、ひょんな縁で今の職場のデザイン学校が創立されて2年目に就任することになりました。ぼくには初めての雪国暮らしです。まだ真冬の気温で冷たい風が?が痛い。不安いっぱいで♪はーるばる来ちゃったサッポロ…と元気無く口ずさむ。恐らく眼は潤んでいたと思います。
いきなり始まった実生活でも驚きの連続。まず最初に寄ったガソリンスタンドでは現在のことを過去形で聞かれます。「レギュラーでよろしかったですか」。なんだこれは。ウインカーを出さずに車線変更ドライバーが日常茶飯事。なんだこれは。アパートに入りよく見ると、風呂場の横の配管に天井を向いた蛇口が付いている。わけがわからず大家に聞けば、冬場に行う『水抜き』という凍結防止作業で必要とのこと。一番心配だった冬の服装。自分の北海道暮らしイメージは=エスキモーや南極観測隊。今では「雪祭り見に来る観光の人達って大げさだよね」などと笑っていますが、当時は自分がまさにそうだったはず。
教員稼業もまったく初めて。予想もしなかった教える立場になってひしひし感じたのは、自分が学生の時にもっと勉強しておけば良かった。これに尽きます。学生に質問されたことが即答できず、授業後必死に調べて勉強し直す日々。札幌の良い所は、家賃・飲食店が安い。車の渋滞がない。白樺花粉はあるけど杉がないので天国のよう。色んな県からの移住者・転勤者が多いためかしがらみがなく開放的。すすきので終電がなくなっても2?3000円程度で帰れる。また街の真ん中に大きな河が流れ、海・山へも車で30分という自然環境の良さも毎日を楽しく過ごせる理由かもしれません。仕事面でもこちらで覚えた技術、編み出したアイデアはたくさんあります。職場環境にも恵まれています。正直感謝。
丸16年経った今、当時を思い返すと最初の歓迎会で言われた言葉『札幌二度泣き』の意味をしみじみ実感します。こんな所まで来てしまったと泣くが、住めばこんなに良い街はない。いざ離れることになるとまた泣くという。離れるわけではないのですが、全国的に進んでいる学校の統廃合のあおりは何とうちにも来てしまいました。デザイン業界の一線で活躍する優秀な学生も多く排出してきた自負はありますが、ぼく個人の力ではいかんともしがたい。自画自賛を差し引いたとしても、こんなにユニークで素晴らしい学校をなんとも勿体ないと感じています。期限はあと二年半。またフェリーに乗ることになるのかな。

 「錫(すず)製カップとぐい呑
板材の錫にエッチング(腐食)技法と
タガネなどでテクスチャーをつけ、
木型にあてて成形して制作。冷たい
飲み物に良く合います。
●田中 遵(環境造形/日本大学生産工学部建築工学科)

 私は新制作協会という芸術団体に所属しています。作品を創作する際、純粋美術からの視点ではなくデザインという視点から作品を創り上げていきます。この場合、作品の在り方について、自分の主張や理念を通すだけでよいのか、それとも作品の必要性を鑑みて創作すべきか、二つの考えの間をさまよいながら構想を練っています。おそらく新しい提案を行っていくという点では両方の考えが必要となるのでしょう。しかし、人々が必要としているものと、作り手が人々に与えようとするものは得てしてギャップがあるように感じます。
そのような事を考えながら、あるとき、自分の子どもを公園に連れて行く機会におもしろい光景を見ました。私が住んでいる地域の子どもたちは、周辺に数ある公園の中から必ず選ぶ公園が一つだけあります。正式名称ではありませんが、子どもたちはその公園のことを「ブーブー公園」と呼びます(写真1)。とても小さな公園ですが、何が他の公園と違うかというと、置いてあるものが他の公園と違うのです。もちろん、一般の公園に設置されているすべり台やブランコもあります。しかし、この地域の親は、子どもが大きくなり、使用しなくなった三輪車や、壊れてしまい動かなくなったおもちゃなどを捨てずにこの公園に寄付しているのです。
子どもたちは、大人が与える遊具よりも、これらの大人から見ればゴミ同然の壊れているおもちゃを選び、そして想像する心で遊びます。ここで、大人が子どもに与えようとするモノと、子どもが必要とするモノの違いをまじまじと見せつけられました。また、昔でいえば、物を大事にする心も両親だけではなく祖父や祖母から教わっていた気がします。現代では親が流行の感性(デザインセンスなど)を子どもに押しつけ、そして流行が終わると捨ててしまう時代になってしまった気がします。今ではこの小さな公園は雑誌などでも取り上げられるようになり、バスや電車で子どもたちを連れてくる親も見かけます。そして、近くのおばあちゃんやおじいちゃんも子どもたちを見守りながら日なたぼっこをしています。とても温かい風景です。
私は普段は大き目の作品を鉄板や木材で創りますが(写真2)、自分の子ども、親戚そして近所の子どもたちの親に頼まれて創るおもちゃ(写真3)を、子どもたちが楽しそうに遊ぶ顔を思い浮かべながら創る瞬間が好きです。

  (写真1)ブーブー公園
 (写真2)作品名:Ko'u Kanana
材質:鉄・カリン
サイズ:1700×1700×2700mm
(幅、奥、高)

(写真3)
作品名:くっついちゃう  - Design of 36 piece blocks -
材質:材質:木材(カリン・パドック・チーク)・磁石
寸法:90×90×90mm(幅、奥、高/まとめてキューブ状にした際の寸法)
おもちゃのコンセプト:単なる四角い木の切れ端でも子供は楽しんでしまう。
目の前にあるものすべてが遊び道具に変わる。大人の理屈なんてどうでもよい。
「良い」も「悪い」も存在しない。気に入れば純粋にさわる。
ためしに磁石を入れてみた。これもまた大人の理屈かもしれない。
でも楽しさが増えたような気がする。本当はくっつかないものがくっつく。
高く積み上げることができる。決まり事がないから楽しい。