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環境芸術学会第12回大会報告


新潟大会を終えて
新潟大会実行委員長 橋本 学
 環境芸術学会第12回新潟大会は、10月15日、新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」、10月16日、新潟大学五十嵐キャンパスの二会場にて開催され無事終了しました。大会実行委員として不慣れな大会運営面もあったと思いますが、皆様方のご協力によって、大会参加者51名、パネル発表10件、口頭発表10件、企画作品展11作品、実践発表4件の発表で構成し大会を終えることが出来ました。準備期間には3・11の震災により社会も大きく揺れ動き、実行委員会では大会に向けての協議を重ねてきました。その中でプログラムの変更や、大会テーマの築きの遅れ等があり、大変とご迷惑をかけてしまいましたが、築いたテーマ「対話-社会との関わりで築く環境芸術」に向き合い参加して頂いた方の発表の中には、環境芸術が社会と関わる為の手掛かりが多く示されていたのではないかと感じています。  
 今回の新潟大会の特色としては、街の中での実践発表を築いたことでした。学会から招聘された4名の学会員の方には、5月の現地視察から長期間、街と関わり、新潟大学で進めてきたアートプロジェクト「うちのDEアート」の中で、様々な視点からの環境芸術のプロジェクトを築いてもらいました。これは、新潟大会で進めた新たな取り組みであり、地域との連携による環境芸術として、新たな一面を発信出来たプログラムとなったのではないでしょうか。また、大会当日には多くの学会員の方に「うちのDEアート」での企画及び運営面を観て頂き、様々なご意見を頂きました。これは、新潟大学の私たちにとっては、とても大きな資産となった次第です。
 シンポジューム「震災、環境芸術が出来ること」では、限られた時間内でしたが4名のパネリストからの神戸、新潟、東北での被災地で取り組んだ事例を基に、我々が向き合わなければならない他者との関係性について、また、弱者の視点での環境芸術の捉え方など、環境芸術が向き合うリアリティーのある興味深い話が聞け、有意義な時間を共に過ごすことが出来ました。
 また、地方大会での特色として、参加者が共にコミュニケーション出来る場の築きとして、懇親会での楽しみ方にも力を入れました。新潟の地酒の紹介や、食とアートのコラボレーションとして学会員長岡氏に依頼し手作りコロッケの演出を施しました。今回、このコロッケプロジェクトの背景には、耕作放棄地対策として新潟県とJAが押し進めている産地地消のさつまいも開発のプロジェクトの存在が有りました。私の研究室で成果物のシンボルマークを手がけていた時期と重なり、さつまいものブランド広報手段としてコロッケの提案を加え築いた次第です。シンボルマーク「いもジェンヌ」は、学会開催日にお披露目は出来ませんでしたが、翌週の「うちのDEアート」のクロージングパーティーの中で、長岡氏のレシピを基に作られたコロッケと合わせて、地域が抱えている問題に寄り添った一企画に至りました。  
 今後は、これらの大会内容を大会実行委員及び事務局の方々と収穫と反省の両面について検証し、次期の開催地である東海大学に引き継いで行くことに努力していきたいと考えております。
 最後になりますが、この様な大会が築けたのも、実行委員・事務局をはじめとして、運営に関わって頂いた学会員の方々、短い募集時間の中でテーマに沿った発表をして頂いた方々、遠方から参加して頂いた学会員によって築くことが出来ました。さらには実践発表の会場を提供して頂いた内野町の方々、また、多大なる支援を提供して頂いた協賛企業・関係者など、沢山の方々との協力があったからです。この場をおかりして感謝申し上げます。
2011環境芸術学会新潟大会 エキスカーション
 実行副委員長 郷 晃
 2011年 環境芸術学会第12回大会初日(10月15日)午前11時、アートクロッシング新潟2011(うちのDEアート)のエキスカーションに学会員20名が参加し新潟市内野町の空き店舗を活用したインフォーメーションセンターをスタートしました。
 アートクロッシング新潟2011(うちのDEアート)は、新潟大学教育学部芸術環境講座が2001年から隔年で開催している芸術プロジェクトです。芸術、教育、街造りという3つのベクトルを一つのベクトルにという試みから学生の教育プロジェクトとして始まり、内野町の人々の協力を得て空き店舗、空き民家、造り酒屋、神社などに美術を展開してきました。2007年の(西区DEアートプチ)も含め今回で7回目を迎えます。
 今回の新潟大会のテーマ(対話-社会との関わりで築く環境芸術)設定にもこのような背景があります。多くの学会員の方々にこのプロジェクトを見ていただき,様々な視点からこのプロジェクトへのご意見ご感想をいただき、これからの方向性を考えたいという意向がありました。
 今回は、環境芸術学会新潟大会と同時開催となることから4名の学会員に招待アーティストとして参加していただきました。招待アーティスト、学生、教員、OB、内野在住の生け花作家を含めて合計31のプロジェクトがあります。すべてを見て回ることはできませんでしたが今春新潟大学をご退任された日本画家山本眞也教授の樋木酒造酒蔵の壁に描かれた鶴の壁画〔旅絵師再び現る〕を初めとして学生のプロジェクトなどを見て回りました。最後には、塩川酒造の酒蔵で工場見学とお酒の試飲も含め、限られた時間の中充実したエキスカーションとなりました。
研究発表(口頭発表)
 今大会における研究発表は、口頭発表、パネル発表、作品発表の三部構成となっており、口頭発表は大会二日目のアートクロッシングにいがた2011「うちのDEアート」における学会員による招聘作品の実践発表に引き続き、新潟大学五十嵐キャンパスの教育学部講義棟へと会場を移して行われた。
 今大会は地方での開催ということもあり、発表数そのものは昨年の埼玉大会には及ばなかったものの、十組の口頭発表が行われ、発表時間を確保するため、二会場に分かれて発表会が行われた。それぞれの会場で熱気にあふれた発表と質疑応答が交わされ、昼食をはさんで口頭発表のプログラムが予定されていたこともあり、昼食時間にも活発に意見交換を行う大会参加者の姿が見られた。
 口頭発表のテーマとしては、東日本大震災後の開催ということもあり、アートによる震災復興支援プロジェクトをはじめ、伊香保温泉、小樽、高崎、六本木と各地でさまざまな地域と連携したアート・デザインプロジェクトに携わる学会員による研究発表が行われ、環境芸術学会にふさわしい内容について有意義な知見を交換する機会となった。また、神戸ビエンナーレに関して、企画運営側と作品出展者の双方の立場から研究発表が行われたことも大変興味深かった。こうした研究発表が顔を合わせるということも本学会ならではと言えるだろう。そのほかにも、生態系サウンド・アートや、中国古代の地理書、サブカルチャーのアイコンを対象とした研究など、非常に広範な領域における研究発表がなされ、学会員の多岐に渡る研究テーマを垣間見ることができたと同時に、環境芸術分野の懐の深さも実感することができた。
 今後もこうした学会の特徴を生かしつつ、次回以降の大会においてもさらに活発な議論が展開され、研究成果が蓄積されていくことに期待したい。
山口勝弘展「三陸レクイエム」(movie)
パネル・作品発表報告
 学会員 下山 肇
 10月15日(土曜日)16時より、新潟大学駅南キャンパス「ときめいと」多目的展示室にて、6つのパネル発表と5つの作品発表があった。
 各発表者が順番にパネル横に立って8分の発表後、5分の質疑応答という形式で、約30名の鑑賞者との間で活発な意見のやり取りが行われた。
 筆者はすべての発表を見ることはできなかったが、いくつかについて以下に記す。
 ラップトップコンピュータを使っての発表は、パネルでの静止画では伝わりにくい「動 き」や「光」などが詳しく示され、とてもわかりやすいものになった。一方で、せっかく 動画があるので、口頭発表の場でじっくりと聞きたいという思いにもさせられた。
 また、「地域活性化」などの大きなプロジェクト発表は、企画自体についてのマクロ的観 点からの発表、その中で制作された作品についてのミクロ的観点からの発表など、同プロ ジェクトからの様々なスケールでの複数発表となり興味深いものだった。  次大会でのパネル・作品発表も、継続される研究のその後や、新たなプロジェクト発表 など、期待は高まる。
ワーク・イン・プログレス「地鎮」実践発表を終えて
学会員 渡辺五大
 「未曾有の大震災を経験した現在、我々表現者が芸術という概念のもとになにができるのか」という今大会の問いかけに応えるべく、私は昨年来取り組んできた「連結できる風船を使用したワークショップ」を発展させた来場者参加型インスタレーション「地鎮」を実践発表した。会期初日からつくり始めて最終日に完成するワーク・イン・プログレス形式により、内野町内のとあるビニールハウスを、展示会期中に来場者自身が緑色系の風船を膨らませて一個一個を繋いでいった。この作業を粘り強く続けることで、迫力あふれるボリュームに転換されていき、ハウス内の空間が埋め尽されていった。二週間の会期中、風船はしぼんだり、割れたりを繰り返したが、毎日状態の悪いものを取り除いては新しい風船を膨らませて日々空間が変容していった。奇しくもスイカ栽培のビニールハウスの中で、来る日も来る日も来場者一人ひとりに対応し、風船と向き合っている私はじめ制作スタッフの面々の姿は、手塩にかけて畑の作物を育てている感覚と相通ずるものを感じた。
 一つ一つの風船は家族や友人など自分を取り巻く一人ひとりと考え、改めて人と人との繋がりの大切さを意識し、震災からの復興を祈願した。風船を緑色にしたのは、安定、調和、安心感を表し、鎮静作用、緊張緩和など穏やかな気持ちを与える効果を狙ったためである。
 また、日常当たり前のように過ごしている環境を劇的に変容させることで、広く地元の方々、特に子供達の感性に訴えるような体験になったならば幸いである。内野の生活環境の素晴らしさを再確認するきっかけとなり、記憶に強く留まる出来事になることで、結果として郷土を想う気持ちが強くなればうれしく思う。
 最後に、この作品の実現に尽力してくれた新潟大学教育学部芸術環境講座の学生有志並びに教員の方々、そして設置場所のビニールハウスを提供して頂いたW氏に御礼申し上げる。

森の宝石プロジェクト uccieno
学会員 竹田直樹
 日本全国で見られる現象ではあるが、新潟市のJR内野駅前に広がる商店街には空き店舗が目立つ。そんな商店街に、小さな出来事かもしれないけれど、ひとつのゆらぎのようなものをもたらしたいと考えた。かつて雑貨屋であった一軒の空き店舗にuccieno(ウッチーノ)という期間限定のショップをオープンすることにした。これは、正確にはアクセサリーショップのように見えるインスタレーション作品で、新潟大学教育学部でアートを専攻する数人の学生ならびに彼らの教官である橋本学准教授とのコラボレーションによるものだ。
 uccienoに並べられているのは「森の宝石」と題する小さな作品で、それらは、流木や薪や剪定枝を素材にしている。なんの価値もないものとして打ち捨てられている木材は、独自に開発した特殊な技法により宝石のように磨き上げられ、実際にアクセサリーなどとして機能するタイプも含まれている。
 会期中、uccienoは、予想のとおりに、多くの町の人々に「お店」なのだと思われていた。アートイベントとは無関係に訪れる近所の人も多かった。「おしゃれなお店ができて喜んでいたのに、アートイベントの企画ですぐに終わってしまうなんて残念」と言ってくれる人もいた。「森の宝石」は、予想を超えて人気があり、会期後半になると、「知り合いが持っている」という理由でやってくるお客や、「街で付けている人を見た」というような話を聞くようになった。
 uccienoは、プロジェクトが終わり、再び空き店舗に戻り消滅したが、そこで繰り広げられた出来事は人々の記憶に残っているはずだ。とりわけ「森の宝石」を手に入れた人にとってはそうだと思う。そして、その記憶が内野という地域に新たな何かを芽生えさせるきっかけになればと考えている。
実践発表を終えて 『内野家』-関わりから成り立つもの-
  学会員 茂井健司
 2年前にこの地で制作した「穴the空」は越後平野の歴史を意識する中、人と土地の関わり、土と水を思う場所をつくろうとしたものでした。(参考写真左)
 今回は人々が生活しているということに着目しました。それは時の継続であり、人々の営みと土地との関わりの積み重ねです。新川がつくってきた内野町、ひいては越後平野が持つ歴史、さらには地域から生まれる意識が未来への期待につながっていくこと。そのことを思い感じるコミュニティーハウス『内野家』を作ろうと思いました。多くの物事のつながりを一人一人がその土地に住んでいることとつなげること。自分と人が一緒にいることを感じられる出会いの場所。『内野家』は家の中から空を見ることができ、陽も雨も風も入り、地面が見える、新川のほとりにたたずむ家です。内野の方が描いて下さった部屋の絵とこの地域の廃材を壁とします。地権者や近所の方々、ワークショップへの参加者、また夢アートうちのや新潟大学教育学部芸術環境講座の先生や学生、区役所の方など多くの方の支えと協力から成り立った“家”でした。
 そのようにして成り立った『内野家』でしたが、課題も残りました。それは地域の方のワークショップへ参加する仕組みをつくることの難しさでした。それでも通り行く方に声をかけていただいたり、遠くは長岡からもいらっしゃったリピーターから前回の「穴the空」も見ましたよとかまたやってねとの声を頂いたり、本当にたくさんの方が展示を観てくださったことは大事な成果として残りました。また若いご両親と子どもさんのご家族や元気な子ども達からも強い印象をうけました。彼らのなかで「うちのDEアート」の経験と記憶が未来の内野をつくる原動力になることがあったら、それは芸術の素晴らしい力と言えるでしょう。
多くの人に関わり出会える屋外の展示場の成立と作品から、開かれた企画のダイナミズムとコミュニティーとしての可能性を環境芸術として感じています。
 最後に以下の方々のサポートに感謝致します。一球建築事務所小松設計・小松康之、新潟エコリサイクル工業株式会社・山口敏弘、株式会社斉藤組・水倉実、TR設計・川俣徹(敬称略)
写真撮影 奥村基
実践発表報告「記憶の容(かたち)プロジェクト」を終えて
学会員 石上城行
 今回行った「記憶の容(かたち)プロジェクト」とは、ゼロからモノを作り上げる経験を通じて漠然と喪失感を抱える現代の人々の心に希望を届けることが出来るのではないかとの仮定に基づいた「土(粘土)づくり」から始めて作品をつくり展示まで行う造形体験のワークショップである。
 先の震災では現地で被災された方々はもとより、物理的な被害のなかった人々の心にも大きな傷跡を残していった。そんな人々に対して造形美術の立場から出来ることは何なのだろうか?この問いが本プロジェクトを構想するきっかけであった。
 ワークショップの要となる土は、有史以前から人の傍にある自然物であり、恐らく最初に人の手による造形が施された素材と言っても良いだろう。私たちは太古より土で器をつくり、ときに人型をつくるなど様々な創作を展開してきた。大げさに言えばこの様な行為の積み重ねが現在の文明や文化につながっていると言えるだろう。しかし多くの人々は、今現在の生活の中で自然との関係性を忘れてしまっている。そのため自然の力による破壊を目の当たりにして動揺し、手に余る技術が暴走する様を見て呆然としてしまう。これはあまりにも便利なブラックボックスに囲まれる生活に慣らされて、現実感を失ってしまっているからではないのだろうか。
 そこで本プロジェクでは、いつの間にか断たれてしまった自然との距離感を回復するため造形体験に加え、参加者が自作について語るという機会を設けた。展示最終日、会場となった神社に集まった参加者は、思いのほか雄弁にそれぞれの作品に対する思いを語ってくれた。その原因を造形体験の成せる技と考えたいところだが、プロジェクトを終えてしばらくたった今、改めて振り返ってみると「場」のもたらす力と考える方が適切ではないかと感じている。なぜならそこは古より人が、自然が象徴化された神聖な存在と出会う場であり、心の願いを吐露する空間なのだから当然ということが出来る。
 いつの時代でも人は、神秘的な存在と寄り添うことで癒されるという感性を失うことはない。そんな当たり前のことに気付かせてくれた今回のプロジェクトは、私にとっても非常に得難い経験となったと思う。

シンポジュウム「震災、環境芸術が出来ること」
司会進行 丹治嘉彦
 3月11日午後2時46分、東北地方太平洋沖を震源としたマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に大津波が発生し、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。また東京電力福島第一原子力発電所がこの地震で機能不全に陥り、大量の放射能物質を伴う重大な原子力事故に発展したとともに、この大震災によって死者は約16000人、行方不明3600人という未曾有の被害が出てしまいました。この大震災は我々日本人の生活の在り方を一変させた事は言うまでもなく、芸術に関わっているものにとってその意味を180度転換させられたと言っても過言ではないだろう。この事象を踏まえ、環境芸術学会新潟大会において、社会とアートとの関係性を表現活動の柱に据えている方々を今回のシンポジュウムに招き、自身の経験値を基に語ってもらうとともに芸術が果たすべきことを話してもらいました。
 まず曽我部昌史氏は建築家でありながら建築と言う枠に留まらず多角的な活動を展開しており、それは単に一般的な建築様式を披露するのではなく、人が生きると言う根源的な問題を深く掘り下げそこに関わりながら新たな環境を作りあげることを指針として活動しています。
 高橋氏は「やさしい美術プロジェクト」を企画運営しており、福祉というフィールドに揺さぶりをかけ、そこに創造的な空間を形成し多様なワークショップを開催しながらプロジェクトを展開しています。
渡辺氏は行政の立場から大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレを最初に提案し、限界集落という場において地域活性化を実践しました。2000年から3年おきに新潟県十日町市を中心に開催されたこの芸術祭は その後日本各地で行われたアートプロジェクトのモデルとなっているのは言うまでもありません。
また相澤氏は阪神・淡路大震災において被災した人々にアートを媒介とした様々な作品を提案した。いわゆる日々の生活の中でアートが機能するという生活者目線にアートを寄り添わせながら活動しています。
 今回の招聘した4人のシンポジスト達は、芸術と言うシンボリックなものに直接リンクしている方等それぞれのスタンスで活動を展開しているわけですが、創造的な場を演出することを念頭において活動していることは間違いないでしょう。それを踏まえた上でシンポジストの活動形態を見てみると、アートと言う物語が成立しないような場においてそれを絡ませることで新たな可能性を見いだしたり社会的弱者に優しい視点を向けて対峙していたりすること、あるいは社会の中で置き去りされている人への眼差しや中山間地域と言われている場に手を差し伸べるという行為等。これらは、人と人が関わって生きることにアートと言うフィルターを丁寧に被せ、単に芸術が芸術として機能するとこととは一線を引いたところにその意味を見いだしていると言えのではないでしょうか。
 今回のシンポジュウム「震災、環境芸術が出来ること」は、現代社会において芸術が芸術として機能することを一義にするのではなく、社会の枠組みにおいてどのような形で機能できるかという素朴な疑問に対する一つの答えとなったと思われます。また同時に東日本大震災後の枠組みに対して、どんなアプローチが可能なのかという視座にも繋がったと言えるでしょう。むろん舞台上で語り合うシンポジュウムという形態が有効な論理になりえるとは思わないし、予定調和的なに落とし込むことでシンポジュウムそのものが形骸化するおそれもあります。いわゆる答えありきで誘導するというスタイルに映ってしまったらこのシンポジュウムが目指す座標を見失うことになるでしょう。
 「震災・環境芸術ができること」というテーマから各シンポジストの経験値から導き出されたものは、私たちにとって某かの「解」が表出されたような気がします。もちろん私たちが芸術の有効性を考えたときに、この時間が即効性のあるものとは言えないかもしれません。しかしながらこの時間軸から何が学べるのかを一人一人が考え他者に語りかけ、また自分のこととして行動へと戻りながら先へ繋がっていくきっかけとなったことは間違いのない事実であり、その行為性そのものが現代社会におけるアートの役割と言えるでしょう。最後に制約のある時間の中で、シンポジストの方々が綿密に準備をして頂き、またそれをもとに密度の濃い話をして頂いた事に深く感謝致します。

エキジビション《Dialogus》

 1日目の総会会場「ときめいと」の展示室において展覧会を行いました。この展覧会は、テーマは「対話」として、「自然」、「社会」、「人」に関わり表現された作品を募集しました。
エキジビション《Dialogus》出品作品 (PDF)

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