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活動報告

環境芸術学会第11回大会 「自然との距離感 − 環境芸術のアプローチ」
 
2010年10月16日(土) 17日(日)
埼玉大学 With you さいたま(さいたま新都心)
第11回大会報告                             
「研究発表大会」−拡充した研究発表
「自然」をめぐる思索と議論ー「盆栽美術館」/シンポジウム
大会実行委員長・副会長 高須賀 昌志
 第11回大会は埼玉大学を主会場として10月16日、17日両日にわたり開催され、盛会のうちに無事終了した。
近年の環境芸術学会の大会開催場所は、「関東近郊大学等」と「地方都市にある大学等」という2つのカテゴリーで隔年ごとに場所を移して設定することが考えられてきた。これまでの10回の開催場所を見ると1.2.東京芸術大学 3.淡路夢舞台国際会議場/淡路景観園芸学校 4.アクアマリンふくしま 5.武蔵野美術大学 6.札幌テレビメディアパーク 7.新宿御苑 8.金津創作の森(福井県あわら市)9.東京芸術大学馬車道校舎(横浜) 10.神戸芸術工科大学で実施され、関東近郊を"K"と地方を"C"で表せば、KKCCKCKCKCとなり、今回をKとすれば第5回大会から場所だけを捉えれば交互に開催されてきたことがわかる。あえて「場所だけを捉えれば」というのは、開催場所にとどまらず、大会の在り方そのものにも今後さらに明確な性格づけが必要であると考えるからである。
 そもそもなぜそのように大会の開催場所に伴いその性格をカテゴライズするに至ったのかといえば、発会以来、大会がいわば一年に一度の祝祭として、イベント化してきたという実態があったからといえる。創設時の「象牙の塔に籠ることなく」という精神を基底に、開かれた活動を目指し、地方の外部団体との恊働や一般市民の参加などを積極的に大会主旨として設定してきた。それは本学会のにとって重要な意義があったことは紛れもない事実である。10周年記念誌を眺めてもその充実ぶりは驚くべきものであり大きな成果であったといえるであろう。一方で、その運営にたえず携わってきた身として、毎年のイベント開催に、いささか息切れしてきたことも偽らざる思いである。一回ごとの祝祭が学会として何かの継続性を生むことが困難であったことは事実である。また、本学会が学術協力団体を標榜する意味でも、なんらかの蓄積を行い、社会の要請に応えていく必要が生じたということではないかと思う。それはまさに学会が順調に成長した証といえるのかもしれない。さらに具体的にいえば、イベントの運営経費が学会規模に比してやや負担が過重になってきたということもある。これは協賛企業獲得の背景である社会的な景気動向にも左右される問題でもある。しかしそれが今後どのように推移していくのかについて答えはない。こうした実態と事情によって、二通りの色分けを設けることに至ったのである。
 さらに明確な性格付けをおこなうとすれば、関東近郊で開催する大会は、経費を抑え、会員個々の研究内容の公表や研究者相互の情報交流といった、従来型の学術学会的機能の性格を強める必要がある。同時に継続と蓄積について機能させることを考えなければならない。対して地方の開催は、これまで通り、都心にはない環境をフィールドとして、地域の市民や団体との交流に重心をおきながら、作品展示や市民参加型のプロジェクトなど、その場所でしか実現でき得ないプログラムによって、開かれた学会として社会的役割の一端を具体的な活動を通じてを表明していくはたらきが求められる。これは発会以来の本学会の大きな特徴であり、同時に新規会員の開拓という裏側の思惑もある。当然ではあるが、地方での開催は費やされる労力や経費も大きくなり、必然的に外部団体の協力を仰ぐ機会も増えていかざる得ない。逆に言えば本学会の環境芸術の"環境"という冠について考えるとき、そうした必然が学会活動の意義の一つを生むことにもなり、今後も継続していくことは不可欠であろう。
 本大会は、関東近郊での開催として「研究発表大会」を標榜した。研究発表件数が、口頭発表26件、パネル発表7件、作品発表6件、部会活動報告5件、エキシビジョン出展14件 合計58件であり、その点では概ね成功したのではないかと考えている。今後の課題は、これらの研究をいかに蓄積し相互に連携させるかという問題が残されており、それを消化する手だてとして大会と学会誌との連関を構造化していくことを検討していく必要があろう。

 本大会は「研究発表大会」を標榜してはいても、本筋としての大会テーマ「自然との距離感−環境芸術のアプローチ」は厳然とあった。その答えとして4つのプログラムが用意された。1つは、エキスカーション「大宮盆栽美術館」および盆栽町界隈。2つめはレクチャー「日本人の暮らしの中の自然観」」「自然と向き合う俳句世界」。3つめはエキシビジョン「my distance」。そして、シンポジウム「自然との距離感―環境芸術のアプローチ」である。これらの詳細報告については下記にゆずるが、ここではそれぞれのプログラム内容の在り方について再確認したい。
 エキスカーションは経験的に天候によってその成否が左右されることを知っているが、今回は非常な穏やかな秋の空気の中実施することが叶った。エキスカーションは、その開催地ならではの場所や施設について、また、普段興味があってもなかなか触れることの出来ない分野に遭遇する機会を提供することであろう。その意味で今春開館した「盆栽美術館」はタイムリーであり、大会テーマとの関連を考えても非常にラッキーな対象であった。大熊館長をはじめ学芸員の方々の手厚い協力を頂き、有意義な時間を創り出すことが出来た。
レクチャーは、大会テーマとの関わりにおいて、ある種の"勉強会"といった位置づけになるのではないかと思う。その勉強の仕方は、一つはテーマを深く掘り下げていくという内容設定が考えられる。あるいは我々の外周である分野の研究アプローチを知ることによって、テーマに対する視野を押し広げていくという意義設定も考えられよう。今回の塚原琢哉、石寒太両氏のレクチャー内容は、「自然」に対する我々とは異なるアプローチについて考え、視野を広げる機会となればと設定した。エキスカーション同様、会員に対して有意義な機会を提供できたのではないかと考える。
 エキシビジョン「my distance」は、出展者である会員が、個々の作品によって、大会テーマに対する一定の解答を提示するものとして位置づけたものである。それが展覧会という一つの集合体になることで、学会として大会テーマに対するの一つの表明となることをイメージした。しかしながら出展者の一人としての個人的な見解をいえば、テーマに即した制作ができたかといえば大きな疑問が残る。また、展覧会としても、どこまでそうした目論見を実現でき得たかについては甚だ心もとない。出展者個々の作品のレベルについて云々することは必要ないが、どのように課題設定し、展覧会として束ねていくかについては十分な検討が必要であろう。制作の実践者が数多く在籍する学会にとって、この特質を活かし学会が展覧会を社会に対する発信メデイアとしてどのように有効性獲得するかの考察が必要であり、今後の一つの重要な課題ではないだろうか。個々の会員が大会テーマを如何に解釈するかについて入念な思索が必要であり、準備期間は勿論のこと、展覧会として結実させ得る具体的な方法論が如何なるものであるのかについて、検討が不可欠であることを認識させられた。また、今回の展覧会には協賛企業による展示がおこなわれ、その展示物を活用したお茶会を催すこととなった。このことは運営上の観点からいっても継続すべき形式ではないだろうか。
 シンポジウム「自然との距離感―環境芸術のアプローチ」は、レクチャーと同様、他分野の専門家を招いての議論の場となった。逢坂卓郎氏は学会員であり本学会の分野からのパネリストである一方、大熊敏之、窪田陽一両氏のフィールドはそれぞれ美術史と景観工学の専門家である。大きな視点で見れば、三者とも"環境"の"クリエイション"に関わる研究者あるいは実践者であるわけで、それらの内容がシンクロする部分が数多く存在することを感じたのは当然であったのかもしれない。同時に、三者三様の"環境"に対する"アプローチ"の差が顕在化されるのをみて、我々の立ち位置を考える上で幾つかの示唆を感じることが出来た。その意味で大変有意義なシンポジウムであったのではないだろうか。

 以上のような内容と成果を含みながら第11回大会は滞りなく終了した。実行委員長自らが申し上げる立場ではないが、「研究発表大会」標榜し、また、「自然との距離感」をテーマとして掲げたことに対し、一定以上の成果があったと考えている。
これもひとえに大会準備にあたって御苦労いただいた実行委員会・事務局、参加いただいた発表者や出展者、そして後援・会場提供していただいた埼玉大学。さらには多大な協力を頂いた協賛企業・関係者。沢山の方々のお蔭によるものであり、この場をおかりして感謝申し上げたい。次大会は新潟での開催であり、地方開催としての魅力ある内容となることを期待している。
エキスカーション 
さいたま市立『大宮盆栽美術館 10月16日(土)
埼玉大会のエキスカーションを振り返って           
大会実行委員 石上城行
 良く晴れた秋の日和、私たち学会員29名は東武野田線「大宮公園駅」に降り立ちました。
高須賀 大会実行委員長の挨拶の後、ゆっくりと歩き始め盆栽町へと向かいます。「かえで通り」を北上すると右手に「市立漫画会館」が現れます。こちらは埼玉出身の漫画家 北沢楽天氏の自宅を改装、氏の遺品や作品などを展示した漫画美術館で、一階は常設の資料等を展示し二階では特別展「ひとコマ漫画の二人展」を開催していました。多くの会員がここに吸い込まれていきましたが、他のメンバーは様々な盆栽園や、純和風建築の休憩所「盆彩四季の家」などに立ち寄るなど、思い思いに盆栽町を満喫していました。
 そうこうしているうちにメインの目的地「大宮盆栽美術館」へ到着します。美術館では学芸員の田口文哉さんから展示について解説をして頂きました。内容は、盆栽にまつわる用語の説明から始まり、観るときの心構えや、身の書し方、更に通な目の付け所についてなど、ときに実演を交えることで、とても解り易くお話して頂きました。会員たちは、興味深く聞き入りながら感心するとともに活発な質問を投げかけました。質問は、造形的な美意識の問題から、植物としての特質、はたまた美術品としての管理についてなど多岐にわたり、田口さんを困らせる一幕もありましたが、盛況の内に終えることとなりました。
最後にご挨拶を兼ねてお礼を申し上げたところ、矢継早の質問には驚いたが、展示方法についての指摘はありがたかった、と言っていただきほっと胸をなでおろす一幕も・・・・。
とにかく埼玉大会のオープニングとしては、ひとまず成功ということでエキスカーションを終えることが出来ました。
さいたま市立『大宮盆栽美術館』および盆栽町界隈               
大会実行委員 竹田直樹
 11月16日の11時に大宮公園駅を出発。快晴の盆栽町を散策し、今年の3月にオープンしたばかりの大宮盆栽美術館を見学した。盆栽町は1923年(大正12年)の関東大震災で被災した東京小石川周辺の盆栽業者が移住して形成された地区である。都市計画法に基づく風致地区に指定された街並みには、各街路に「さくら」「もみじ」「けやき」など、樹木にちなんだ名がつけられ、豊かな緑と歴史の趣とを兼ね備えた高級住宅地の風情を漂わせている。街の一角には、手塚治虫(1928−1989)にも影響を与えたとされる日本漫画の先駆者である北沢楽天(1876−1955)の邸宅跡が「市立漫画会館」として開館しており、北沢の作品や遺品が展示されるなど、明治から昭和へ至る芸術文化の息吹を堪能することができた。一方、大宮盆栽美術館では、学芸員の解説のもと盆栽の名品、優品をはじめ、盆器、水石、盆栽が描きこまれた浮世絵などの美術作品、その他の盆栽に関わる歴史、民俗資料などを鑑賞した。
 盆栽は、前近代の日本において、その主軸をなす芸術分野のひとつであったにもかかわらず、欧米化による近代化の中で大学教育に組み込まれることがなかった。それは、盆栽の上位に位置づけられた園芸というカテゴリーが、芸術ではなく農学に組み込まれたために、科学技術の一部として文化面より栽培技術が重視されるようになってしまった園芸の中で、盆栽は異端な存在として排除されてしまったからなのだと思う。このため、盆栽に対する学術研究は著しく貧弱なものとなってはいるが、そのような状況をふまえれば大宮盆栽美術館の開館には大きな意義がある。
 盆栽は、俳句や和歌などの短詩、墨絵、枯山水、水石などと同じように、情報量を恣意的に抑制した表現により、鑑賞者に様々な連想を引き出す東洋特有の芸術分野である。俳句や和歌はわずかな文字の並びの中に大自然を、墨絵はモノクロームの中に鮮やかな色彩を、枯山水は砂の中に水の躍動を、水石は小石の中に山岳や滝を、そして盆栽は小さな樹木の中に深山幽谷の情景を浮かび上がらせるのである。そして、今日のその本来的な意味を見失い法律の中にその痕跡をとどめるにすぎない風致という概念もまた、環境を視覚的にとえようとする景観という概念とは異なり、環境の中にそこには存在しない大自然や目には見えない悠久の時間の流れとしての歴史を捉えるものであり、それは、盆栽などと同じメカニズムをもつ東洋的な美的概念なのである。
 大宮盆栽美術館が盆栽町に建設されることは、その名称と地名の関係からあまりにもあたりまえのように思えるのだが、盆栽町が風致に富む地域であることが重要で、このように考えれば、大宮盆栽美術館の所在は環境芸術の視点からもその整合性を評価できるものとなり得るのである。というわけで、今回のエキスカーションは環境芸術学会の主催する企画として、きわめてわかりやすく楽しいものだった。
レクチャー 
With you さいたま(さいたま新都心) 10月17日(土) 
レクチャーA  テーマ : 「日本人の暮らしの中の自然観」 
レクチャラー: 塚原琢哉(写真家)
レクチャーB  テーマ : 「自然と向き合う俳句世界」 
レクチャラー: 石 寒太(俳人・俳句結社「炎環」主宰
大会実行委員 前田義寛
 今大会のテーマ「自然との距離感―環境芸術のアプローチ」のプログラム構成について実行委員会で協議している過程で、「外部から講師を迎えて大会テーマに添ったレクチャーをお願いしてはどうか」とうことになった。そこで環境芸術の周辺で活躍する文化人の人選に入り、写真家の塚原琢哉、俳人の石 寒太両氏をゲストスピーカーに招くことを決めたのは夏の盛りだった。
 塚原氏と私はかねてから交流があり、氏が下町の植栽や植木を撮影していることは承知していた。「日本の庶民には植物愛がある」という氏の持論は「自然との距離感」に通じる。そこで写真家の目線で「日本人の暮らしの中の自然観」を語っていただくことになった。
塚原氏は、ポーランド芸術写真家協会名誉会員であり、ポーランドの「マリアイコン」を撮影し、ローマ法王にポートフォリオを献呈した作家だ。1967年に、自然と人間の融合を主題とする写真「あるひとつの世界」を発表したときから、一貫して人間と環境の問題に強い関心を持つ写真家でもあった。
 俳句をたしなむ知人を介して石氏に会うことができた。私と高須賀実行委員長は、横浜での句会のあと石氏から「自然と向き合う俳句世界」についてお話を聞くことができた。自然との距離感について話を進めているうちに、石氏の側も環境芸術に関心を示し、レクチュアラーを快諾いただいた。『炎環』のモットーは「心語一如」。芭蕉も自然と向き合い、心と言葉を一つにして自然との距離感を秀句に結晶しているという。
 こうしてお二人のレクチュアラーとの事前のレベル合わせができ、大会当日を迎えることができた。
学会が開かれた学会であるためには、環境芸術のジャンルに閉じこもることなく、外周のさまざまな異専門分野との交流やコラボレーションが必要だと思う。写真家と俳人が「自然との距離感」をどのように捉え、どんなメッセージを投げかけてくれるのか皆さんの関心も高かったかと思う。当日は、塚原氏の教え子やストライプハウス美術館関係者、石氏の『炎環』同人の方々がわざわざ都心から足を運んで聴講される姿があった。

分野による自然との距離感の違いを考えること。
 大会実行委員 酒井 正
 レクチャーとして本学会とは少し異なる表現分野で活躍する二人の講師を招き、各専門の立場から「自然との距離感」の貴重なお話しを聴くことができた。
 塚原琢哉氏は自身が撮影した写真をプロジジェクターで投影しながら植物に対する愛を語った。厳しい環境に立つ大きなサボテンが見せる圧倒的な存在感、長い時間の蓄積に、人間には踏み込めない凄く遠い距離があるように思えた。その写真とは対照的に庶民が育てている路地園芸には、生活の中に入り込む植物たちに人間と絡み合うような・・・数字にすると0以下になってしまう距離を感じた。
 石寒太氏は、17音しかない俳句の世界の中に、常に自然と向き合いながら、自己との距離感を模索して表現することの面白さを語った。最後には司会のリクエストにより、環境芸術学会に作句いただけるというサプライズまで飛び出し聴衆を沸かせた。
 環境芸術に携わる者として、常に自然との距離は意識していないといけないことだが、分野の違う二人の講師のお話を聴いて、自分自身が持っている自然との距離感をもう一度考え直すよい機会になった。
懇親会
ラフレさいたま レストランサルーテ 10月16日(土)18:30〜 
大会実行委員 池村明生
 大会1日目の最後にプログラムされた懇親会は、学会員40名ほどが参加して開催されました。会場となったラフレさいたまは、さいたま新都心の開発に際して建設された宿泊施設を併設した健康増進施設であり、低層階にはレストランやバーなどの商業施設が集積しています。また館内や外構には様々なアート作品が配され、環境芸術学会の懇親会場にふさわしい会場でした。
 池田会長の開宴挨拶からスタートした懇親会は、久しぶりに顔を合わす会員同士の歓談が中心となり、新会員の方々にとっては既存会員との気軽な交流の場となっていたようです。
 首都圏での大会にかかわらず、遠方からも多くの会員にご参加いただきましたが、中でも北海道からわざわざご出席いただいた国松理事には、乾杯のご発声をいただくことができました。また宴の途中では、新会員の皆さんによる自己紹介、来年の大会開催地である新潟で実行委員を務めていただく丹治先生、郷先生のご挨拶、そして今大会も多くの参加があった関西を代表して、藤本理事からもユニークなご挨拶をいただくことができ、アットホームな雰囲気の中で盛況裏に終えることができました。
 余談になりますが、その後の2次会も20名以上の会員の方々にご参加いただき、同館のバーで夜遅くまで続き、懇親会を超える盛り上がりがありましたことをご報告させていただきます。
懇親会初参加
学会員 和田みつひと
 美術大学を卒業し20年、環境との関わりを意識し制作発表を始めてから12年になります。制作活動は孤独な作業で、同じ環境・芸術をテーマに活動されている方々との交流も限られる中、1人での制作活動は自分の世界にこもりがちです。環境芸術に関わる様々な方々と交流し刺激を受け勉強させていただきたいということが、そもそもの環境芸術学会への入会の動機です。 今年の6月に環境芸術学会に入会させていただき、学会の皆様と初めてお会いする機会となった懇親会と大会への参加は、既にある文献や本を読んだだけでは分からない現在進行形のお話が聞けて、とても刺激的で有意義だったと感じています。風景と内面の関係を考察した発表、地域と強く関わった活動の実践報告、生態系との関わりまでと内容の幅が広く、どれも興味深く私自身の研究・制作活動へも大変刺激を与えられました。また、シンポジウムで3人のパネリストの方から、 それぞれの専門のお話が聞けたことも、大会の層の厚さを感じたことのひとつです。 研究者の方々だけでなく、制作活動を実践されている方々が参加されていることが、環境芸術学会の大きな魅力です。この環境芸術学会の入会により、光と色による「空間分節と場の変容」という私の研究テーマを深化させ、作品制作の新たな展開へとつなげていければと考えています。
懇親会初参加
学会員 田中ゆり
 温かく、穏やかで人間味の溢れる空間と、表すべきでしょうか。大会に初めて参加し、すべての方と初対面という状況にもかかわらず、懇親会ではその温かい雰囲気にすっかり打ち解けてしまいました。多様な領域で活躍されている方々との学際的な触れ合いは、非常に刺激的です。共感や新たな発見など、多くの触発を受けました。
 また、大会は自分がこれまでに関わってきたアカデミックな場とは大きく異なり、一人一人が人間として輝くことのできる貴重な場なのだと感じました。今大会を通じて埼玉、新潟、福井、神戸、北海道など全国各地とのつながりが生まれ、まるで全国を旅したかのようです。おそらく、これは新たな旅の始まりなのでしょう。
この経験を糧に今後も研究実践に尽力し、また皆さまと楽しく集い合いたいと思います。
口頭発表 
埼玉大学 10月17日(日) 13:00〜
大会実行副委員長 工藤安代
 第11回大会は、口頭発表に重点を置いくことを目指した大会であった。開催後に振り返ってみると、一定の評価を得られた結果になったと考える。
 発表者の総数は45名(組)、内パネル発表7名(組)、作品発表6名、部会発表5部会であった。今年の特記すべき変化として、これまでパネル発表が展示場のパネル脇で短い説明を行なうあり方を見直し、口頭発表と同様に発表会場にて説明を聞くように口頭発表の枠組みを拡大した点だ。作品発表、部会発表も同様な扱いにしたことにより、発表総数がこれまでと比較して大幅に伸びた。しかしながら、上記の点を考慮しつつも口頭発表だけで26名(組)になったことは、今年の大きな成果であったと思う。
 発表内容をみると、まちづくりや地域密着型のアートプロジェクトをテーマとした発表が多く、アートプロジェクトが全国的に多発している時勢を反映したものとなった。また、作品制作を中心とした発表も多く、本学会の特色である作品創造側の視点を交えたユニークな内容であった。その他に、芸術教育や環境芸術の定義を問うもの、建築をテーマにしたものなどバラエティに富んだ内容となった。
 発表者数を反映し、研究発表概要集も充実した内容となり(全44頁)、学会誌と共に今後の環境芸術学会の学術的・実践的発展を支えていく成果を生んだと捉えることができる。
 今後の課題としては、発表者が増加するにあたり、発表会場の割り振りや、会場の適数、発表時間などの調整があげられるだろう。今後は、聴衆者の選好による会場移動の簡便さや発表時間の充実などを考慮していく必要があると考える。
 総評としては、今年の口頭発表は環境芸術学会大会の躍進の一歩となったのではないかと思う。
人と社会の活性化研究会 
「心と生活を支える癒しの環境づくり ―医療・介護現場での実践活動―」
学会員 内田裕子
 今回の発表では,「人と社会の活性化研究会」の1年間の活動の一部を報告しました。本研究会は,医療や介護の現場において,治療等を目的に「手段」として美術を行うのではなく,美術を行うこと自体を目的に,人それぞれ思い思いに美術の活動を楽しむことが出来る様な活動を行っています。発表では特に,美術,医療・介護,画材工業界等,異なる分野の人が関わり協調することによる創発の可能性を念頭に置いて話しましたが,質疑の際,詳しい実践内容や今後の活動方針に関する問いがあったことで,研究会の目指す協調の意義は元より,本研究会が提案する美術の活動が,医療や介護の現場における,環境としての美術の一つの在り方として理解された様に感じました。そうした意味でも,今回の発表は研究会の活動を省察し更なる展開へ繋ぐための良い機会になったと感じています。
環境啓発型イベントの展開と課題 エコアートフェスタ大阪を事例として
学会員 相澤孝司
 今回の研究発表では、2007年から実施している環境啓発型イベント「エコアートフェスタ大阪」におけるその経緯と展開及び4年間の実績から得られた今後の課題を報告した。
 本イベントのひな形となった最初のイベントを含めると6年目となる。この期間、制作総監督・アドバイザーとして本イベントを指導し育成してきた経験から、現時点での課題を以下に整理し、発表した。1-大阪市側の予算が縮小されており、イベント実施に必要な最低の予算確保の仕組みが必要である。2-「ゴミアート甲子園」の参加校が常態化している。3-イベントの告知が不十分である。ポスター、チラシ、ホームページなどの広報計画の再考、メディアを活用した戦略的な広報も必要である。以上発表終了後に質疑応答となったが、当然数分間にこれらの課題に対する議論が出来ることもなく終了となった。
 その他研究発表から、全国で展開されているアートプロジェクトも同様にイベント実施の予算は少なく、安定した継続の仕組みが必要である。「エコアートフェスタ大阪」が、産官学と地域社会とがうまく連携したケーススタディーとなるように関係者と知恵を出し合い次回の開催に臨む所存である。
「ゲートアート“Red heels”の表現と構造 その2 鋼構造オブジェの構造と設計」
福井工業大学デザイン学科准教授 永野康行
今回の環境芸術学会大会では非会員である私に発表の機会を頂き、関係各位にまずはお礼を申し上げたい。その1では、高須賀先生が「その1 地域環境と芸術の表現」として発表された。私は、高須賀先生の作品を構造計算として裏付けるべく、汎用構造解析プログラムMidas/Genを使用し、長期応力解析および風荷重時応力解析を実行した。そのポスト処理から、部材設計が厳しくなる部位が赤く(または青く)表示されることから、一目瞭然である(右図参照 クリック拡大)。
普段は、(社)日本建築学会での活動を主とする私は、本学会会員各位の醸し出す「アットホーム」な雰囲気と、発表時間および質疑時間を十分にとった大会運営には目を見張るものがあった。改めて今回の発表は、私にとって意義深いものであった。
作品展示と茶会 
埼玉大学 10月17日(日)
大会実行委員 石上城行
 エキシビジョン《my distance》は、環境芸術における様々な自然へのアプローチを、会員の作品によって表現することを目指して企画しました。今大会のテーマである"自然との距離感−環境芸術のアプローチ"について多角的な取り組みに挑戦しています。
 今回の展示の特徴は、動き系あり、光り物あり、素材系あり、ほとんど全ての作品の傾向が重なることが無く、非常にバラエティーにとんだラインナップとなっている点で、展示会場となった埼玉大学のコモギャラリー(通称)には、14点の作品とともに、パネルによる作品発表や、プロジェクト、各部会の活動報告、さらに会員紹介パネルなど、多様な形式を用いて自然へのアプローチが表現されました。
中でも最も注目を集めたのが、日建スペースデザインが作成した「現代茶室」でした。これは、今大会の協賛企業でもある(株)トクヤマ様とシーアイ化成様のご好意により実現したもので、木製のフレームと麻布で構成された内部には、間伐材で作られた建具と「ベルビアン漆喰ルマージュ(漆喰シート)」を施した床が設えられ、伝統ある自然素材の魅力を最先端の和モダンとして結実させています。
 昼休憩の時間に催された「お茶会」では、当初の予定を遙かに上回り、3名で7回転する21名の参加者を数えるなど活況を呈していました。
秋の草花をあしらった菓子とともに「お抹茶」をいただく一時は、亭主をつとめてくださった田中千鶴子さんとの会話に花が咲き、雑然とした学会の中にあって忽然と現れたエアポケットのように会場を和ませていました。
エピメニデスのパラドックス The Epimenides paradox
学会員 下山 肇
 表面に見える形とその奥に隠れた法則の間を行き来する、謎解き的な表現によって、人間の知性を刺激し、人間が本来持っている「感性」と「知性」の融合を目的とした一連の空間作品のひとつです。
知性の象徴として、日常見慣れた記号「カタカナ」をテーマに、文字と文字の「隙間」を、単純な図像学的技法「図と地」の反転によって、形体としてとらえなおしました。
 見て触れる固まりになった「隙間」と、空間になった「カタカナ」との関係は、パズルのピースがぴったりはまるような、秩序があらわれる時のワクワクする感じをあたえる知的な遊具となりました。
「自然との距離感」という本大会のテーマから、モチーフを「ワタシ ハ ウソツキ」という単純な文章としました。これは一見、何の変哲も無く読み流してしまいがちですが、よくよく考えてみるとその意味は、はげしく揺れ動きます。
 自然は秩序正しく、常に整然と存在しているように見えますが、そこここに、このようなパラドックスがひょっこりまぎれこんでいるのです。本作品はそんな発見を促すきっかけとなることを目指し、デザインしました。
 また、主な素材に合成紙を使用することで、折り畳め持ち運びやすくした構造は、ブルーノムナーリの「旅のための彫刻」へのオマージュともなっています。
 今後は、「コトバノハシラ」シリーズとして本造形システムをさらに押し進め、パブリックな空間におけるサインや、ファニチャーなどへの展開を考えています。
サイズ:H 790 × W 400 × D 200(mm)
素 材:合成紙など
協 力:(株)ユポ・コーポレーション(敬称略)
作品出品の内容と感想
学会員 高橋 綾
 今回の作品発表数は、決して数は多くありませんでしたが、現代美術、レリーフ、立体からデザインまでの多様な表現を含む参加となりました。展覧会場は、作品に今回初めて「テーマ」が設定されたことで、個人の表現だけではなく1つ1つの作品パワーを全体で共有した空間となり、環境芸術を反映した内容であったと思います。環境芸術学会の研究発表の特徴として、「実作品展示」があります。ここ数年、研究発表には論文や口頭発表というオーソドックスな発表形式が増えてきています。その中で、環境芸術学会の特徴である「実作品展示」に改めて注目し、より充実していくべきだと考えています。優れた論文や口頭発表がなされる中で、「環境芸術」である実作品のクオリティも高めていく必要性を感じています。
 私自身、今回の作品発表では2作品の発表を行いました。「自然」というテーマは学生時代から意識していたテーマであり、制作はスムースに行うことができました。作品「独楽と面子の自然遊園地」は、玩具の独楽をキネティックアートにしたものです。「自然界の緩やかな動き」と「遊園地の楽しさ」を混ぜあわせることで子供たちが楽しく遊んでいる様子を描いています。また、宇田恵氏とのコラボレーション作品「sazae(サザエ)」は、自然界の美しさを素直に表した作品です。
 個人作品、コラボレーション作品、共に今回のテーマ「自然との距離感」をしっかり意識しながら制作できました。その中で個人の作品は、自分自身との「距離感」、コラボレーションはコラボ相手との「距離感」が重要だと感じました。そして今後、「環境芸術との距離感」を大切にしながら制作研究を進めていこうと思います。

パネル発表内容と感想
学会員 山崎真一
 今回、埼玉大会でのパネル発表は、前回までのパネル展示発表と異なり、口頭発表と同じ部屋でプロジェクターを使用しての発表となりました。発表者の持ち時間もあらたに内容説明5分と質疑応答3分、合計8分の制約をもうけ、その形式の中でパネル発表7本と部会活動報告5本の発表が行われました。パネル発表の題目は、「所属大学と地域の連携」を実践されたものや、さまざまな場所で対象者の年齢、条件が異なる「ワークショップ」の報告、行政との連携「間伐材×アート」や個々の関係のなかで生まれた「花菖蒲園白井『田園』」での「展覧会」の報告、署名との関連を追及しながら実践されている「降雪現象による造形生成」等の内容が発表されました。
 また部会報告では、パブリックアートや地域・社会と関わりを持ったプロジェクトのアーカイブ化にも力を注いでいる「アートと社会研究部会」、大宮の下水道工事現場でのプロジェクトに関する「コージアム研究部会」、日頃より水と文化をテーマに今回は、川の国・埼玉に焦点をあてた「時空環境研究部会」、地域環境をテーマにワークショップやプロジェクトをアート中心に実践している「地域環境アートワークショップ研究部会」、日本慢性期医療協会機関誌『JMC』での連載企画を取り上げた「人と社会の活性化研究部会」、合計5つの報告も同時に行われました。日頃、各研究部会で実践されている報告を一同に見聞きすることができました。それぞれがどのような活動をしているのかがわかり、学会内における活動の多様性をあらためて実感することができました。
 各発表の多くは、地域との協働により実践されていました。環境、芸術とともに、地域との連携、協働が今後ますます重要なキーワードになるとあらためて感じました。
 何人かの発表を聞きましたが、筆者自身が教えている学生のパネル発表のときには、指導担当としてハラハラしながら見守りました。全体の印象としては、発言の途中であっても終了時間で区切ることなど、検討すべき課題もあると思います。最後に、学生発表も含め、無事に終わりましたことを関係者の皆様に御礼申し上げます。
シンポジウム
埼玉大学 10月17日(日) 14:40〜17:00  
「自然との距離感 − 環境芸術のアプローチ」
パネリスト 大熊敏之 (富山大学准教授・大宮盆栽美術館館長)
       窪田陽一 (埼玉大学教授)
       逢坂卓郎 (筑波大学教授)
司   会  横川昇二 (環境芸術学会監事)
シンポジウム『自然との距離感-環境芸術とのアプローチ-』報告
司会進行 横川昇二
 世界が共通して抱える都市、環境、生物多様性、資源などの問題が、経済や政治の問題と同様に議論される中、本大会で『自然との距離感-環境芸術とのアプローチ』をテーマとしたことは大変意義深いものがある。シンポジウムでは最初に自己紹介も兼ねて各パネラーの方々から夫々の専門分野やお立場で自然とどう向き合ってきたか、自然をどのように受け止めて研究や創造活動に結びつけてきたかお話し頂きました。大熊先生には美術、工芸の世界を中心に領域としても幅広く捉えながら歴史的観点から日本人の自然感、西欧の額縁と日本の表具に見られる空間感や自然感の相違性、「見立て」や「縮景」という美意識、そして伝統的造型技芸の考察に関する画像とお話しは大変興味深いものであった。窪田先生には土木、環境、都市、景観という分野から工学や美学の観点からお話し頂いたが、求められてつくってきた提案や実績を通して場所の力と形を引き出すことを心がけてきたこと、技術と芸術的な観点から如何に周辺に影響し連続していくかに配慮されてきたかというお話しは印象に残った。逢坂先生にはライトアート、そして科学や宇宙へ広がる研究、作品制作を通して環境と自然の関係についてお話し頂いたが、騒音、橋の振動、気温の変化、宇宙放射線環境の変化を光のシ-ンに変換する環境的な作品、徳島市両国橋"宙と水"、信濃川に映像を映し込みながら航行する作品" Vertical and Horizontal"の紹介、さらに日本の実験運用棟 "KIBO" 内での芸術実験を通して、無重力というもう一つの自然環境の紹介があり、私たちは自然の一部であることを逢坂氏自身が強く感じているという話しに共感を覚えた。
 途中、三氏から事例や補足の説明があり、今回のシンポジウムのテーマである『自然との距離感』から『環境芸術のアプローチ"これからの方向と課題"』についてご意見ご提案が示された。大熊氏は「ともすれば"環境芸術"を最先端の現代美術の領域であると位置づけたり、"環境芸術"をパブリック・アートと同義に解釈しようとする立場がみられるが、これらの考え方はあまりにも狭く、偏ったものと思われる。また、西欧における自然対人間、自然対人工という図式や、自然と融和する日本人という概念も現代では、有効性を失っているといえる。それよりも、"短い空間射程内"に自然をとらえてきた日本人の"知恵"を見直すところから再出発して、"自然と折り合う"ことを学び、もっと、誰にでも出来る創造行為を実践していくことに意味を見出すべきではないだろうか」と述べられた。次に窪田氏は「"人間と自然"という近代西欧的な対立的二元論のパラダイムに対するアンチテーゼは地球そのものが呈している。問題は人間の行為が(人間も含む)自然に及ぼす影響の大きさを人間自身が過小評価してきたことに起因する。また、"風景芸術"という言葉があるが、環境そのものを芸術作品として創作しなくとも、解読する側の観点により場所の価値が転換されることがあり、技術の産物も芸術作品もそのことを自覚すべきであり、場所が"ある形態を持つことの必然性"を問い続けたい」と述べられた。逢坂氏は、「破壊の危機が叫ばれる自然環境、情報や価値観が錯綜する都市環境、ネット環境の中で芸術が果たすべき役割とは何なのかを、21世紀のこの時期に再認識、再定義すべきである。その方法の一つに地球を客体化して見る事ができる地球外からの視点の獲得があり、人類のフロンティアへ向けた視線と見返す視線の中に歩むべき示唆が示されると考えている。私はサイエンスによって開かれた世界の中で、いかに生きて行くかという事を提案する事が芸術の役割であろうと考えており、新しい領域と視点を開いて行くという意味において多ジャンルの専門家との交流と意見交換を目的とする実験的な研究会が必要で、発信すべき何かが求められている。つまり、お一人お一人が、自分の行為が環境とどのような関係があるのかを認識して前に進むべきだと考えています。」と述べられた。
 シンポジウムを終えて、私としては地球外からの視点や新しい自然観による環境芸術の再定義し、歴史観や倫理観をもった創作者としての存在責任を示すことの重要性を確認するとともに、表現や伝達のための人間の"技芸"を構築する必要性を理解し、"真・善・美"という古くて新しい価値を再認識する機会となりました。最後に、パネラーの皆様に、つたない司会進行にも拘らず、時間の制約の中で綿密な準備をして頂いたことで、内容の濃いシンポジウムとなりましたことを深く感謝致します。
ALBUM
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