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活動報告

■シンポジウム「芸術からみる、環境の次代-都市・自然・未来-」
 
リレートーク1「芸術×都市」をめぐって
「街づくり、建築の空間づくりとアート」 

    9月24日(日) 13:00〜14:00/100周年パビリオンステージ
本 耕一氏(森ビル株式会社常務取締役)

司会
それではこれより3名の多彩なゲストの方々をお迎えしてのリレートークを始めさせていただきたいと思います。ゲストの皆さんは、それぞれの専門分野でクリエーターとして活躍なさっている方々です。今日はクリエイションをされている皆さんのそれぞれの視線で、様々な角度から環境を語っていただきたいと思います。
まず、第一番目は本 耕一さんにお願いいたします。本さんは、現在森ビル株式会社常務取締役、都市開発事業本部副本部長として設計担当をされています。すみだトリフォニ?ホール、さいたま新都心合同庁舎、六本木ヒルズなどの設計を担当されており、豊かで快適な街づくりにおけるアートの役割やアーティストとのコラボレーションについて豊富な経験を持っていらっしゃいます。本さんには「街づくり、建築の空間づくりとアート」というテーマでお話をしていただきます。それではよろしくお願いいたします。


森ビルの本でございます。座ってお話させてもらいます。
本日は、今までの私の仕事で一緒に付き合ってきた作家の作品を画像で見ていただきたいと思います。今日はすごくお天気が良くて、映像が反射して光って見えにくいかもしれませんので、なるべく近くにお寄りいただいた方が良いと思います。
簡単に自己紹介をさせていただきます。私はもともと設計事務所におりまして、今は森ビルに移りました。設計事務所にいる時は、日建設計といって、オフィスの設計が多かったのですが、私は音楽ホールや博覧会の建物、ホテルなど、オフィスではない仕事が多く、特に大規模な街づくりやプロジェクトの経験が多かったため、建築の設計を通して、環境芸術というかアートを取り入れて、アーティストとコミュニケーションをしながらプロジェクトを進める機会に恵まれました。むしろ私自身も積極的にアートを取り入れ、建築を建築家だけのものにしない方が良いと思っていましたので、機会があれば、このようなことを仕掛けていきました。
今日は、10年くらい前にオープンした「すみだトリフォニーホール」という音楽ホール、これは私が設計をしたものです。また「さいたま新都心合同庁舎」、これは新都心にできた国の施設です。それから今おります六本木ヒルズのアートの話と、3本立てで画像を中心にお話をさせていただきたいと思います。 今回のシンポジウムのテーマは、「芸術からみる、環境の次代 ?都市・自然・未来?」ということなので、都市の一つの例として、色々な議論につながればと考えております。

すみだトリフォニーホールのアートプロジェクト

 では、まずは「すみだトリフォニーホール」から。見えますでしょうか。見えなければどんどん動いていただいた方がいいですよ。見えないと後は寝るだけになってしまいますので、なるべく見えるところで。今なら移動するチャンスですので。
「すみだトリフォニーホール」ですが、1997年の10月にフランチャイズオーケストラを持つ日本では数少ないホールということでオープンしました。コンセプトとしては、人々が質の高い音楽芸術に接することで、地域文化や地域社会の活性を図っていくことを目的とした施設として位置付けられました。まさにオーケストラが、手の触れられる距離で身近に音楽芸術を提供する、そういったホールです。 
設計のことについてお話するときりがないのですが、アートということで言いますと、アート計画においても、手の触れられる距離で身近に提供されるという、同じコンセプトを設定しております。
「すみだトリフォニーホール」に行かれた方がおられるでしょうが、コンサート中心で、基本的にはオーケストラを聴くためのコンサートホールです。進め方としては、再開発の関係者、またホールは墨田区の持ち物なので、区の方、そして設計、音響など、色々な仕掛けを企てるプロデューサーの人たち、それから実際にその箱を使うオーケストラ(新日フィル)と一体となって推進した、音楽ホールのプロジェクトとしては非常に特徴的なものでした。そしてアートについても、それらと同じように、アーティストが参加してつくり上げていく形式をとろうとしました。
ホールの設計にあたっては、様々な“神話”をホールの中に散りばめようということで、皆で知恵を出し合い、色々なアイディアを放り込みました。当初、ホールを計画するにあたって、他のホールを見学しますと、ホールの持ち主というかホールを運営している人が皆、語るんですね。例えば、ボストンシンフォニーホールだと、ペンキを何回も塗りたくって、何回も何回も塗り重ねているから、その反射で柔らかい音になっているんだよ、というように、まことしやかな“神話”のようなことを伝えてきます。どこのホールに行っても必ずそういうのがある。ではこの、新しいホールも100年経ったら神話が残るようなホールにしたいということで、色々なアイディアを散りばめました。
例えば、大ホールの反射面がギザギザというか、天井がガタガタしているんですが、その数は前から後ろまで、13枚なんですね。それを1.059倍ずつ大きさを増やしているんです。13回掛け合わせるとちょうど2倍。1オクターブになります。そうです、平均律を天井のヒダのデザインに採り入れたのです。そうすることで、音の響きがよくなるかもしれないと・・・。
アートの実施計画では、当時、日建設計インテリア部、今はNSDという会社になっていますが、そこが引き継ぎアート作品検討委員会をつくりました。この委員会は、内田繁さんを座長に、伊東順二さん、大竹誠さん、造形大学の先生ですね。それから墨田区の当時、文化事業室長であった杉野さん。それから畑さん。今日、北海道から来ていらっしゃるらしいですが、当時は文化事業室のアートキュレーターでした。その委員会で作家を選定して、最終的に実施計画をまとめたわけです。それからアートの制作工事ということでは、環境芸術学会では色々とご活躍されている池村さんがいらっしゃる環境計画研究所という会社に、建築の現場に合わせながらアートを組み込んでいく作業をやっていただきました。それで、平成9年、今から9年前ですか、「すみだトリフォニーホール」がオープンしました。

すみだトリフォニーホール・アート計画の3つのコンセプト

 アートの基本コンセプトは、【人のちかくで、見るもの、触れるもの】。「ちかく」というのは、先ほど言ったように手の触れられるような「近く」と、それから知る、覚えるの「知覚」。それら二つの意味を表しています。それから「見るもの」。これはまさしく、絵画、彫刻、グラフィック、サインです。さらに「触れるもの」というのは、扉とか、把手、手すりのギボシとかで、そのような所にアートを入れていく。さらに共通のテーマは、音楽ホールにちなんで「音」という言葉を設定しています。
それで、3つのタイプにアートを分類しまして、<建築やインテリアと一体となったアート>。これは先ほども出てきましたが、入口のホールの把手や手すりのギボシなどをアート化することです。建築の一部としてホールを訪れる人が直接触ることができるアートです。さらに内装の壁とか、ホールの扉のグラフィックデザインとか、ものすごく身近に見ることができるアートにしようとしました。それから二つ目は、<建築空間に表情を与え、場の意味性を引き出して単体として展示されるアート>。アートや建築の人は、すぐこうやってややこしい「場の意味性・・・」などという言い方をするんですけれど。まあ、建築空間と調和しながら個性や表情を与えるとか、出演者の気分を高揚させ、エネルギーを与えるアートといえるかも知れません。それから三つ目はですね、区の伝統工芸職人、墨田区ではマイスターという制度があって、下町の地ならではの色々な伝統工芸職人さんがいらっしゃるんで、マイスターとして登録されている方と作家との<コラボレーションによるアート>というのをやろうと。木彫りとか、組紐だとかのマイスターと作家とのコラボレーション。これが三つ目のタイプです。

すみだトリフォニーホールのアート作品

 ちょっと画像が見にくいでしょうが、これは山本容子さんの作品です。版画家ですけれども、彼女の作品が小ホールホワイエの壁に飾られています。斜めになっているのが階段の手すりで、その奥の壁に12人の作曲家をモチーフに、線描彫刻と言いますか、石版の版のような形で12人の音楽家の顔が彫られています。実際に石版の版が、壁の中に埋まっているようにしようということで、石の材料などについても一緒に議論しながら、柔らかくて彫りやすい方が良いとか、あまり彫りやすいと建築的には問題があるとか、そんなことを議論して、制作したのがこれです。また、もう一つの作品は小ホールのバーコーナーにあって、ストックボードの扉が、楽譜をモチーフにした銅版のレリーフ作品になっています。小ホール全体のロビーの雰囲気を、山本容子さんの作品で柔らかくしようとしたわけです。
それから粟辻さんの作品です。テキスタイルデザイナーで、もうお亡くなりになられていますが、多分これが遺作だと思います。粟辻博さんの作品は、地下一階と一階の楽屋廊下のグラフィックデザインです。普段は楽屋廊下ということで、出演者しか見ることができません。色と形を記号的に組み合わせて、壁全体で音の響きを表し、軽快なリズムやテンポを作っています。次が一階にあるものですが、下の方が鍵盤のイメージと思いますが、やはりリズムのある作品になっています。
次、行って下さい。小ホールの入口のアプローチです。お客さんを迎えるシンボルオブジェとして、関さんという方がつくった作品です。猫が琵琶のような弦楽器を抱えています。建築的な空間の中で、柔らかい、温かい雰囲気を醸し出しています。訪れる人に語りかけるような作品という事でここに設置しました。ホールとしてもお客さんにはたくさん来て欲しいですから、“招き猫”代わりという意味もあってここに置いてあります。
それから次は、石井さんという方の石の彫刻ですが、これはペデストリアンデッキ入口脇の、台座の上にのったものです。今日は建築計画の話はあまりできませんが、このホールは平面上で少し傾いているんですが、それと同じ傾きで台座が置かれて、その上で球体の中に彫られた空間により音の響きと広がりを感じさせる作品になっています。ついでに言いますと、このホールには作品が全部で13か14あったと思うんですが、石井さんの作品の脇にあるステンレスの作品は、14番目か15番目の作品という事で、私が手描きで描いた断面図をエッチングしたものです。石井さんの作品の脇の広告ボックスのようなステンレスに彫られていますので、今度、ホールに行かれた時は、認められていない作品として、ぜひ探してみて下さい。 
それから次が、五十嵐さん。今は彫刻家、当時はグラフィックをやられていたのですが、メインの入口扉の作品です。大体、ホールの扉は銀行のシャッターと同じで、閉まっていることが多いんですね。それで初めは把手の作品をお願いしたのですが、扉自身をやるということになりました。閉まっているホールでも人が見ることができるようにということで、いつも閉まっているのを何とかしようということに応えたかたちです。左右に開く扉の構造をいかして、フランスパンみたいですけれど、音の器官である耳を形象化しているということです。そして空豆のような形の右下の写真は、これも同じレリーフ彫刻で、把手になっています。これは内側の把手です。これらは五十嵐さんが彫刻家になって初めての作品と言っていいのではないでしょうか。
それから次は、大ホールのホワイエロビーに入った所にある、舟越桂さんの彫刻。木彫で、等身大のピアニストの像です。床の影がピアノの形になっていまして、舟越さんと色々話をして、鍵盤のようなイメージで、床の石を白と黒のデザインとすることで空間と合わせて作品にしました。空間と彫刻家とがコミュニケーションして出来ているという事で、ピアニストの静かな表情が吹き抜けの空間に緊張感を与える作品になっています。
次、豊嶋さんという方の作品です。これはギボシなんです。階段の昇り口の所にある。上から垂れてくるのとまるで反対で、下から垂れてくるような作品です。階段を降りてくる時に、よく手で触れて階段を回りますが、素のような状況を想定しながら、手で触れることの出来るアートとして設置しました。
次の作品は横尾忠則さんの滝の絵です。横尾さんは滝の絵や写真などを集めるのが好きらしいんですが、この作品は舞台の下手のアーティストロビーにありまして、70点にも及ぶ油絵の滝の絵です。ちょうど左の写真の扉を開けると舞台へ 出て行けます。神聖な空間を浄化するというコンセプトで制作されました。滝の周辺にはα波というのが流れるようで、音楽だとか、芸術活動をする時にそのα波が良いということです。横尾さんは那智の滝のスケッチに行った時に、滝の上から「ツァラツーストラはかく語りき」が聴こえてきたとか話していました。ミュージシャンが下手から出てくる時に滝の下を通り、α波で浄化されて良い演奏ができる!? ということで設置してあります。
次は工楽さん。この方もお亡くなりになったと思うのですが、深井理一さんという、すみだマイスターで組紐職人の方とコラボレーションした作品です。ここはメインのアーティストが入る楽屋前なのですが、コンサートで外国のアーティストが来た時などに、組紐とか、和紙や銀箔といった材料によって、「すみだ」という情緒的なイメージや、日本という雰囲気をうまく伝えることができればと思い設置しました。
それから次は、楽屋扉の把手のアート作品で、マイスターが制作した木彫と彫金と合わせた、藤原さんと松本さんという方のコラボレーション作品です。
それから大ホールのホワイエに設置された木彫作品。これは深井隆さんの作品ですが、楽器をモチーフとして、木で作られています。椅子は実際に座ることができます。
また違うフロアだと思うのですが、このホワイエには日比野さんの作品があり、新日本フィルが練習用に使っていたピアノを生かしたオブジェがあります。長年、プロのアーティストに演奏され続けてきた記憶を、色々な材料によって形象化しています。段ボールがグランドピアノの上にのっているにもかかわらず、未だにちゃんと壊れないであるらしいです。ピアノに貼ってある紙テープは少し剥がれているらしいのですが、この丸椅子も含めて作品となっています。
それから稲吉紘実さんという方の、扉のグラフィックデザインで、カラフルな墨流し模様の作品です。これも休憩時間など扉を開いた時に見えるような作品ということで設置してあります。
それから、プロダクトデザイナーの梅田さんという方のトイレの姿見です。トイレに行って、開演が間近になっても焦らなくていいように、ミラーの上に時計をはめこみ、時計と一体化したユニークなフォルムになっています。鏡の周りのステンレスには、♪春のうららの…という、すみだの歌と謂われる「花」の楽譜が描かれています。
先ほど、色々なアイディアを散りばめたという話をしましたが、大ホールのホワイエに吊るしてある照明も、アクリルの玉が「春のうららの隅田川」の楽譜になっていて、間隔を考え音符に見えるように吊るされています。先ほど話した“神話”の一つです。
「すみだトリフォニーホール」には今でもアートツアーのような、つまり楽屋側で一般の人が見ることができないアートを見せるような仕掛けをしていて、施設を運営する方との結びつきが未だに続いています。プロジェクトを進めている段階で色々な話をしていたからこそ、10年経っても続いているのだろうなと。作る時から色々なことを共有しているから、活動が続けられているわけで、そのように続けて行けることがたくさんあれば、100年くらい経ったとき“神話”として一つくらい残るんじゃないかと思っています。

さいたま新都心合同庁舎のアートプロジェクト

 次に、すごい駆け足になっていますが、「さいたま新都心合同庁舎」のアートプロジェクトです。さいたま新都心は、一極集中の是正措置の一環で2000年に完成して、大手町から政府の庁舎が移転しました。2ヘクタールと2.4ヘクタールの、合計4ヘクタール以上の二つの敷地からなるプロジェクトですが、隣りに郵政省、今は総務省ですか。当時は郵政省の敷地や簡易保険事業団、郵便局、それから北側には民間の施設やさいたまアリーナがあるということで、広大な街をつくるプロジェクトだったんです。「さいたま新都心合同庁舎」は、現国土交通省、当時の建設省が主体となり、建設した建物です。
この合同庁舎の外部空間、ちょっと画像が見にくいかもしれませんが、建物が高くて面積が少し小さいものと、少し広くて建物の高さが低いプロポーションの違う2棟の高層棟が建っています。その脇は検査棟です。左側の街区の建物の前は行政情報センターとペデストリアンデッキ。ペデストリアンデッキというのはさいたま新都心駅が出来て、その自由通路と同じ高さで繋がってくる人が歩く通路で、建物でいうと二階レベルです。行政情報センターやペデストリアンデッキ、庁舎のレストランなどに囲まれ、ドライなスペースで広がっているというのが左側の街区です。また右側の街区は、その広場の感じが少しずつ自然な感じに変わっていって、立体的にも一階レベルから二階レベルへ広場が上がり、最後は二階のペデストリアンデッキへ通ずる形をとっています。その緑の中を、自然に導かれる散策路のようなものがあって、広場と緑の空間は一般の人に公開されています。この画像で言いますと、左から右へ移るにつれて、だんだんドライな空間からウエットな空間となる構成をしています。
この広場と緑がある空間にはそれぞれアートを置いています。このアートを計画するにあたって、象徴的に置くという、今までのパブリックアートのスタイルでなく、変化を持たせて建築や外構と一体となり、空間によってアートが生き、アートによって空間が生きることをテーマとしました。そしてここでも3つの方向性を持ちました。一つは「21世紀の新しい街の象徴やアイストップのあるアート」を置こう。それから2番目は「外構と一体となり、風景の一部となるアート」。さらに3番目は「建築および外構のエレメントそのものになるアート」を設置することを目指しました。
なぜこういうテーマが必要であったかと言うと、役所に…、今日は役所の方も来てらっしゃいますけれども、アートを入れるには理由が必要で、国がやる場合、アートを入れれば入れるだけで贅沢だと言われるし、入れなければ、文化的なことを考えていないと言われてしまう。どちらにしても文句を言われる。さらに色々な人の紹介もたくさんある。偉い人の紹介が色々あると困るわけです。当時、我々の設計事務所と建設省の設計の方と一緒に考え、早めにコンセプトを作って他の人が入りにくいようにすることも一つの手だということになりました。かつ役所として理由とか、建設工事の一環でしかアートは実施できないといった状況もあり、このようなコンセプトが立ち上がったということです。
作家の選定にあたっては、アートを入れるのは必要性があるんだよ、という「環境造形基本計画に関する報告書」を作成して、それから設計者または役所の設計担当が勝手に決めないように、アート専門の調査員の方を選び、その人から、空間の考え方に合った共同作業が出来る作家を候補として挙げていただきました。そして作家を選定して建築や空間の考え方を説明した上で、作品のコンセプト、配置の仕方、個数なども含めて、外構の模型や作品の模型を作り、作家とのコミュニケーションを大切にした進め方をしています。まあ、アート作家と、設計グループによるコラボレーションみたいなことです。

さいたま新都心合同庁舎のアート作品

 この写真は、北側のドライな空間というか、一番広い空間ですけれども、ちょうど格子状になった交点の黒っぽくなった所に、ドライミストと言うのですが、ミストの噴水が出ています。そのミストと、長澤伸穂さんの「月夜見」という作品がセットで作品となる仕掛けにしています。もちろん役所のプロジェクトですから無駄に水を吹くわけにはいかないので、水を吹くのは何時というように、時間を決めることで時計の役割を持たせています。長澤さんのコメントでは『月の光と水という人類太古の時間を計るために用いた自然を、西暦2000年の春の月、(これはちょうどオープンした時の月ですけれども、)その月に託して広場を構成する』ということで、霧と月がセットになった作品です。
次、土屋さんの「生命と記憶」という作品です。これは行政情報センターという建物の上にあるペデストリアンデッキに置かれていて、写真では分からないんですが、水が流れる仕掛けになっています。土屋さんによると、『三十数億年前、原始の海から誕生した生命が、水によって太古の海からその記憶を蘇らせる』というメッセージを込めています。
これは「Untitled」といって、礒崎さんという作家の作品ですが、有機的で、果物というか、野菜のような形をした石の彫刻です。四角く硬い建築の中で、親しみ感と安らぎを与えるような役割を持っています。触ってみたくなったり、気がついたら腰を降ろしてしまいたくなる作品にしたいということでした。礒崎さんはこれで石彫に目覚めてイタリアにしばらく行っちゃったそうです。
それから次は、「爬虫類」で田辺さん。長さが11mくらいあります。田辺さんによると、『爬虫類の出現はこの未来都市に思いを馳せる人々に何かほっとした気分を起こさせるかもしれない。しかし、またこの怪物は人間の生まれた太古の地球環境を彷彿とさせる強さを持ち、未来への共存を問いかける』ということで、ちょっと愛嬌のあるトカゲですね。角がとがっていたりして転んだりすると危ないのですが、11mありますから子供がまたがったりして喜んでいます。先ほどの長澤さんの月と噴水は広場の入口にあって、子供は噴水が出てきて霧におおわれた所を走って今度はトカゲにまたがる。パブリックアートではこのような具象的なものはあまり見かけませんが、愛嬌があってなかなか面白い作品です。
次は、三梨さんの「モーレソースの丘」という作品ですが、タイルを積み上げていて、この写真では7つ、8つくらいのとんがり帽子が一セットになっています。とんがり帽子だけでいうと、100ケ近く、そんなにないか。でもそれくらいかな?初めは三梨さんが提案してきたのは3つか4つくらい、またはもうちょっと多かったかもしれませんが、もっと徹底的にやろうということになりました。先ほどの外部空間でいうと右側のウエットな空間を中心に点在していまして、オブジェの上にも木というか、草が生えています。またちょっと離れた左側のドライな広場にも、2、3個あったりします。イタリアの片田舎にアルベロベッロという都市があって、このような形をした白い住宅が一面に広がっているのですが、ちょうどそれと同じ感じです。アルベロベッロも町はずれにポツッと白い住宅があったりするのですが、ここでもドライな広場に離れてあります。徹底的にやれというのがこちらからの要望でして、何万個もある餃子のような形を、タイル屋さんが手で1枚1枚を作るという、大変な作業をしてくれました。
それから次は「さまざまなモデュール」という大隅さんの作品で、ピロティにある風で動いて色々形を変える作品です。
これはイワタルリさんの作品で、鋳物ガラスの板を重ねあわせています。ガラスというのは透明で見えないものですが、このガラスは存在感があり、意外と柔らかい感じで、つまり光が柔らかく、冷たさを消したような感じです。ちょうど南側の外構のレストラン前に池がありまして、その池の正面で光る仕掛けの作品としました。
またここに少し見えていますが、イワタさんと同じ場所には眞板さんの「水上の花庭」という、16個くらいの薄い盤が池に浮かぶ睡蓮のように配置され、水が吹き出してくる作品があります。
次が内田和孝さんの「地球の丸みRoundness of the Horizon」というもので、通路の脇とか緑の中で、植栽とマッチするように置いてある石の彫刻作品です。
それから次は八木ヨシオさんの「新しい風」で、これも先ほどの礒崎さんの作品と同じように、四角く直線的な建築に対して、有機的な曲線で対比させて空間を作った作品です。階段を風が駆け上がるイメージで作られた作品です。

子どもたちと共同制作したさいたま新都心のアートプロジェクト

 そしてこのプロジェクトではもう一つ特徴的なものがありまして、建設省、当時の名前ですが、郵政省、これも当時でありますが、さらに簡易保険事業団を加え、国の関係者が歩調を合わせてアート計画を実施しようということで、各外構を貫くペデストリアンデッキに共通したアートを設置していくことになりました。
アート専門調査員が収集したリストの中から各街区関係者が集まって議論を重ね、全体のコンセプトを「気・咲く・街へ」としました。このあたりは、環境芸術学会の池村さんにもずいぶん関わっていただいたのですが、書類選考の上、選んだ作家候補からプロポーザルをしてもらいました。そしてそれぞれの作家たちにヒアリングをして、各街区の設計事務所や当時の建設省の設計担当の方、郵政省の方と議論した上で、絞り込んでいきました。
街づくりのプロジェクトとはいえ、省庁間の横の連携という事が、画期的な事だったと記憶しています。それで、共生空間Psiというグループを選定しました。他にもたくさんの候補者はいたのですが、中でもいちばん朴とつで、何というんですか、これから磨けば光る原石のような、派手ではなく地味だけどこれから磨けば光るような女性ということで、提案作品を選んだと記憶しています。他には、派手好きで色っぽくてどうしようもないというタイプであったり、まじめできちっとしすぎているというタイプもありました。当時は提案作品を女性のタイプに見立て評したと記憶しています。
共生空間Psiの提案は、子供達とのワークショップから作品を制作するということで、最終的には、さいたまの地元の小学校を含めた色々な地域の小学生284人くらいが参加し、「いきいきとしたもの、いきているようなもの」というコンセプトのもと、街区を繋ぎながら色々なものを設置しています。子供というのは天才ですから作品はすばらしいと思うのですが、だからといって子供に頼るというか、大人の手がちゃんと加わってないと全体としてチープなものにならないかと、最初は非常に心配でした。しかし、どの作品もしっかり彼らがコントロールしていましたので、まあうまくいきそうかなとも感じていました。
これは子供たちが作った作品を集めて地球のようにして、内側に284名の子どもの名前が彫られている「ほしにすむ」という作品です。これは元建設省、国土交通省側の街区に入った所にあります。
それから少し行ったベンチ脇に「ミクロにすむ」という、子供達の作った作品が、四角いジャングルジムのような、少し大人の手が入って整理したかたちに収まった作品です。
次は「みずにすむ」。これは手すりですが、手すりのステンレスの板にレーザーカッターで子供達のシルエットを切抜き、手すりそのものが作品になっています。
それから花壇と言いますか、植栽の脇に「みどりのせかいにすむ」という子供達の作品が並べられています。
さらに「ゆめのなかにすむ」。これは簡保事業団の建物の前にあるテーブルのようなもので、小さな模型のような、ジオラマ風の作品です。
「てのひらにすむ」。これはこのテーマでたくさんの子供達に作らせたものです。
それから「おおぞらにすむ」。これは簡保事業団の建物から郵政省に続く壁についているのですが、「おおぞらにすむ」からイメージするものを子供達と話し合い、そこから生まれた作品を壁に取り付けています。 次は「たねにすむ」という作品です。
そしてこれは「かぜにすむ」。簡保事業団さんと郵政省の間に置かれています。ともすると建物と建物の間は無味乾燥になりがちで、その敷地境界というのは色々とややこしいことが多いのですが、その狭間をうまく利用して殺風景にならないように見せた作品です。ちょうど風が通り抜ける場所でしたので、「かぜ」というテーマにしています。
このように「さいたま」では、色々な事をやりました。

六本木ヒルズのアートプロジェクト

 では、どんどん足早に行きますが、街づくりとパブリックアートということで、六本木ヒルズの場合をお話させていただきます。
六本木ヒルズはご承知のように、超高層ビルのオフィス棟と住宅棟が建っていて、オフィス棟と住宅棟との間には、けやき坂という新しい道を作りました。そのけやき坂に沿って色々な仕掛けがあり、また全体の中にも様々な仕掛けがあります。
建物を高層化する事で生み出された低層部。先ほど基調講演でも環境省の小林さんの話がありましたが、ヒートアイランドなどを防ぐために超高層の周辺を低層にして屋根を緑化したりします。この新宿御苑の下が建物になっていると思えばいいわけです。例えば六本木ヒルズのシネコン上には“グリーンマスダンパ”というコンクリートのお弁当箱があって、土が盛ってあり地震で揺れた場合でも、土の重さによってその反対に揺れながら揺れを防ぐ機構となっています。またそのお弁当箱の土の上に田んぼを作っています。そこで田植えをしたり、稲刈りをしたりできる仕掛けをしている。高層化する事で低層部を楽しくできるのです。さらに人々が憩う広場とか、散策して楽しむスペースなど、低層部を利用する考え方はたくさんあります。
森ビルは、高層化して集まって住む事によって、自由時間が拡大できるという考え方を持っています。つまり職住が近接する事によって通勤通学の時間が無くなるのがまずは重要で、集まって街をつくる事によって、多様な都市機能が充実する事ができる。さらに高度利用とか、街区単位の街づくりや都市づくりができます。先ほどの「さいたま」の話もありましたが、敷地と敷地は線が引かれていて、それぞれが勝手に色々なもの作っている。そうでなくて、大きな所を皆で一緒に考えた方がいいじゃないかというのが、森ビルの都市づくりで、そういう考え方をすると高い建物を作ってその周りに低層部を残したり、そこにパブリックアートも置けるスペースが出てきます。そのスペースには緑や水を作り出す事が出来ますし、アートを含めてみんなが憩う場所が作れる。それから先ほども耐震の話をしましたが、耐震とか、安全を考えた快適な街づくりをすることができます。
このような考え方で、森ビルは街づくりをやっているわけです。アークヒルズが一番最初の事例ですが、もう少し完成した形で六本木ヒルズをつくりました。そして六本木ヒルズの足下はそのような意味から低層部の空間を楽しくしなければいけないということでアートがあるのです。
六本木ヒルズには7つのパブリックアートがあります。それから11のデザインベンチと、1つのバス停。7つは、4つのパブリックアートと、テレビ朝日の敷地にある3つの作品に分けられます。4つのパブリックアートは高層棟の上にある森美術館のデヴィット・エリオット館長が監修したものです。また3つの作品はテレビ朝日の建物の設計者である槙文彦さんが選定したという事です。それから、けやき坂通り沿いにある11のデザインベンチは、内田繁さんと10人のデザイナーによってできあがっています。

六本木ヒルズのアート作品

 まずはじめに皆さんよくご存知だと思いますが、地下鉄から上がるとルイーズ・ブルジョワの「ママン」という蜘蛛の作品があります。66プラザという場所です。この作品は、人が集まる所でありながらも、蜘蛛の足が細いこともあり人の動きを遮らずに、かつ目立つ印象を与えてくれます。またとても象徴的なので待ち合わせ場所にも使われています。「ママン」という作品は、2001年か?はっきり分かりませんが、テイト・モダンで初めて発表されていますが、この六本木ヒルズでは屋外に恒久的に設置するということで、特別にルイーズ・ブルジョワに依頼してブロンズで制作されました。胴体には大理石の卵が20個入っているのですが、包容力のある母親のイメージを蜘蛛に託して、繁栄とか、豊穣、平和という意味を重ね、さらに網の目を作る蜘蛛をweb上に展開する様々な情報に見立て、ネットワークの中枢となる六本木ヒルズを象徴しているということです。先ほどのトカゲの作品と同じように、具象的な作品で、一般的なパブリックアートには異なった印象ですが、設置に対しては森稔社長が強く要望しました。民間の開発ならではの、パブリックアートと言えるのではないかと思います。
それから、イザ・ゲンツケン。これはハリウッド化粧品のプラザの前に建つ高さ8mの「薔薇」の作品です。これもすごく具象的です。美を追求するハリウッド化粧品の美容専門学校の前に配置するという事で、六本木ヒルズの愛と美の象徴と書いてあります。
これはチェ・ジョンファという韓国の作家の作品です。ポップな作品を発表している作家で、桜坂公園という公園の中に設置されているのですが、「ロボロボ園」と言われています。何と言うんですか、子供の頃の組み立て式のおもちゃか、昔懐かしいブリキのロボットを連想させてくれます、色々な組み合せで、色々な色を使ってトーテムポールみたいに積み上げたもの。それから公園の周りにある滑り台のようなものも彼の作品で、子供達に触れられる作品として置いています。彼がパブリックアートについて話しているのですが、パブリックアートというのはアーティストのものではなくて、見ている人や使っている人、皆のものであると言っているんですね。私も同感だと思いますし、これはそのようなタイプの作品になっています。
それから、ツァイ・グオチャンといって中国の「高山流水?立体山水画」という作品です。グランドハイアット東京の車回しの前、けやき坂との間にあるのですが、中国の伝統的な水墨画を立体的に表現した作品です。初めはただの石みたいだったのですが、今は少し手を加えて、漢詩のようなものを加えたりしていると聞いています。
そしてここからは建築家の槇さんが選んだ3つの作品です。 
マーティン・ブーリエという作家の「守護石」ですが、形態はシンプルで、車のギアの把手のような、ミニマルアートのような気がするのですが、ミニマルとは違う雰囲気が出ています。
それからソル・ルウイット。これはテレビ朝日の本社ビルロビーの奥にある壁画ですね。これはミニマルの作品です。
それからテレビ朝日の角にある、宮島達男さんの「カウンター・ヴォイド」。けやき坂と環状3号線が交差する場所にあるんですが、数字という抽象的な概念で、色々な意味を持たせてくれる宮島さんらしい作品です。
ただこうやってみると、初めの4つ、森稔社長が選んだ作品と、今の3つの作品、建築家が選んだという感じの作品の対比が、非常に面白いですね。
次はストリートファニチャーです。内田繁さんが中心となって、色々なデザイナーが参加して、それぞれにストリートファニチャーをデザインしてもらいました。
これはジャスパー・モリスンという人の作品。彼は普通のベンチ、ベンチらしいベンチが周囲と調和するんだということで、本当にベンチらしいベンチというのを提案しています。
それからドゥルーグ・デザインの作品。モチーフは、座ったり寄りかかったりしゃがんだりする人間の日常のポーズですが、7つのポーズをベースに形を作って、白い花のプリントを中に付けている。ここで、色々な人が様々なポーズをとって、色々な事をしてもらいたいというのがコンセプトだそうです。
それから日比野克彦さんの作品。「この大きな石は何処から転がってきたのだろう? この川の水はどこまで流れていくのだろう? 僕はこれから何処へいくのだろう?」という作品ですが、彼に言わせると、河原でゴロゴロした丸みを帯びた石に座って川を流れて行く水を見つめていた時の記憶だそうで、座るという記憶をかたちにしたそうです。
それから内田繁さんの作品で「愛だけを…」。これはジャズの名曲で「I can't give you anything but love」という歌があるんですが、重力のあるものから重力を取り除きたいと考えてデザインしたと言っています。つまり重力を取り除くということは、文化的調和を乱してきたすべてのものから解放される事であると、内田さんは言っています。
アンドレア・ブランジという人の「アーチ」という作品です。ストリートファニチャーのベンチは、デザインと建築の間に存在するものじゃないかと捉えて、オープンであってプライベートのような空間をイメージしてベンチを作ったようです。
これは伊東豊雄さんの作品ですが、都市の森に浮かんだ大きな水面ということで、水面の波紋をモチーフに、色々な人が集まり相互に干渉しあい、その場が形成されていくという事を表しているそうです。
次に吉岡徳仁さんのガラスの椅子です。大きな天体望遠鏡用の、反射板を作るために切り出す直径1mを越すガラスを使って椅子を作っています。
それから、カリム・ラシッドの「ス・ケープ」という作品ですが、長く起伏がある無定型な形は、大都会東京の角ばった厳格さとコントラストをなすということです。無定形な構造は街の風景の延長線上にあるけれど、柔らかい形が加わることでコントラストをつくるという事だそうです。
エットーレ・ソットサスの、「静寂の島」。静かな空間、通りの喧噪から遮断された空間という、リラックスできる落ち着いた空間を作るという事をコンセプトにしています。
囲われた場所に大理石がある作品で、トーマス・サンデルの「アンナの石」ですが、デザイナーのそのままの言葉で言いますと、「ストックホルム沖群島へ旅行したときの思い出が私のデザインのすべて」とのことです。
それからロン・アラッドの「エバーグリーン?」は、ベンチでもプランターでも、パーゴラでもない、境目も無い変化というものをテーマに、無限大をイメージして作ったということです。けやき坂の入口、環状3号線の角にある作品です。
六本木ヒルズでは、これらの作品を巡るツアーをやっていまして、先ほどの作品などはツタが生えたり、「ママン」は待ち合わせの場所になっていたり、出来あがった後に変化しているのもたくさんあって、おもしろい現象を見ることもできます。すごく急ぎ足で紹介しましたけれども、今日の話を参考にあらためて六本木ヒルズを見ていただければと思います。

街づくり、建築の空間づくりとアート

 今日は3つのアートプロジェクトについて話をさせていただいたのですが、パブリックアートというのは、その空間やその場にいる人を豊かにするということが原点のようで、とかくアートいうと建築家やデザイナー、もしくはアーティストがそれぞれ、自分達でどうにかするという風になりがちですが、違う視点から複眼的に捉えるというか、複眼的に考えたり議論するという事で、パブリックアートによってそれぞれの空間が豊かになります。
あらためて整理をしてみると、思い出されるのはコラボレーションをした事で、アーティストと議論し検討することにかけた時間が、いつのまにか作品にも埋め込まれていると感じています。ですから、先ほどのチェ・ジョンファの話じゃないですが、パブリックアートというのは、建築家のものでも、アーティストのものでもなくて、プロジェクトに参加した人だとか、その空間を利用する人、使う人、皆のものではないかと思います。つまり皆のものになるような作品の作り方とか、そのような作品が、やはり良いパブリックアートじゃないかなと思います。
ちょうど一時間が経ちました。急ぎ足で画像も見にくくて申し訳ありませんでしたが、今日紹介した色々な進め方が、都市や、自然、未来などを考える上でのご参考になればという気持ちでお話をさせていただきました。
本日はどうもありがとうございました。

司会
どうもありがとうございました。会場から何か?

質問者
日本にはそれほど大きなパブリックアートの作品が無いように思いますが、建築の制約などがあるのでしょうか。


東京でも空間があれば可能だと思いますし、その空間とのバランスが大切なのではないでしょうか。建築的な制約も無いし、日本にはたまたま大きい作品がないということか、もし大きい作品が無いとすれば、バランスを考えた結果じゃないかなと思います。

質問者
どうもありがとうございました。