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活動報告

 
 
■シンポジウム「芸術からみる、環境の次代-都市・自然・未来-」
 
■ 基調講演
                                     小林 光氏(環境省大臣官房長)
9月24日(日) 11:00〜12:00/100周年パビリオンステージ

司会
それではさっそく基調講演を始めさせていただきます。
基調講演講師は現在、環境省大臣官房長を務めていらっしゃいます小林 光さんにお願いいたします。
小林さんは慶応義塾大学をご卒業し環境庁に入庁後、環境省大臣官房秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省環境管理局長、環境省地球環境局長、そして現在の環境省大臣官房長と、環境庁、環境省の要職を歴任されており、我が国の環境に関する調査研究や取り組みの指揮を取り続けていらっしゃいますが、都立新宿高校のご出身でもあり、高校生の頃からこの新宿御苑には深い関心を持っていらっしゃったそうです。
また、ご自宅が環境設備をほぼ網羅したエコハウスということで、ご自身自ら個人的にも環境保全に対する取り組みを推進なさっています。それでは、小林さん、よろしくお願いいたします。

小林
ただいまご紹介いただきました小林です。本日は環境芸術学会の大会でお話するということで、私がたずさわる環境行政とどう結びつくのか考えました。芸術といいますと、良いもの、美しいもの、気持ちを豊かにするもの、…そういったものがあると思うのですが、そのことは先ほど口頭発表の病院の話でもありましたが、環境を良くするための社会の取り組み、そして、それぞれの人の取り組みを強くすると言いますか、良くする、良い結果を増す、そういうことに芸術は必ず役に立つに違いないと思っていただければと思います。私の話は、そうしたことへの行政からのアプローチということで聞いていただけますと、もしかして今後の活動にお役に立つかもしれないなと思っております。
今日は簡単に資料を用意してございます。一つは環境行政の側から、環境のクオリティと言いますか、良い環境芸術にどうアプローチするかということであります。それはどんなことに環境行政の中で取り入れられているかということを報告したいと思いまして、関連の資料を漁ってみたのですが、先ほど経歴の紹介にあったように、私も色々なことを環境省でやってきましたけれど、そういう目で見てみますとほとんど材料がないことがよく分かったわけであります。しかしいくらか材料を集めてきましたので少しお話をさせていただこうと思います。
私は先ほど新宿高校にいたというお話がありましたが、新宿高校は割とおおらかな学校でして、美術の時間がちゃんとあるのですが、その時は1年から3年まで、ただ油絵を描いてればいいというだけで他の義務は何もなかったので、よく学校から出て御苑に来て絵を描いたりしました。おかげさまでずっと美術だけはおそらく5だったと思います。それは腕が良いのではなくて、新宿御苑が良かったからですね。
今日はとても気候が良い、熱環境が良いという感じがいたしますが、ここはなかなか四季折々きれいでして、紅葉の時なども本当に泣けるようです。きれいな紅葉をその辺のビルの屋上などから見ていただけますと、何と言うのかしら、錦というものはこういうものかなあと思うくらいの紅葉が東京の中で見られる。こういうことでありまして、テーマが良いのですね。だから腕ではなかったと思うのですが、まあそういうことで大変お世話になった。
当時は新宿御苑は厚生省の所管でしたから、環境庁に移されるということはもちろん知りませんでしたし、まして自分が環境庁で働くというのは、予知夢でも見なくては分からないですし、思ってもいませんでした。結局、御苑のえにしで環境庁に就職したのかもしれません。そういう意味でこの新宿御苑、色々なパワー、創造性を与えるパワーがあると思っております。
まあその程度の話で、私は芸術について語る資格もないのですが、しかし、環境行政の方も環境について、芸術と似たようなことに関心を持ってきた。そういうことを今日は証言したいと思います。
まず1ページ目に公害対策基本法から環境基本法へと書いてある。硬い話題ですね。あまり芸術の先生方やアーティストの方々にお話しするようなことではなくて申し訳ないのですが、まあ、一生に一度くらいのことでしょうから我慢して聞いていただけるとありがたいと思います。
もともと公害対策基本法、大変古い法律で1967年ということで、もう戦後は終わったとようやく言われだして、高度経済成長期に入ってすぐ出来てきた法律であります。その背景には、昭和20年代後半以降色々なところで起きてきた深刻な公害、水俣病はまだ問題になっておりますし、四日市ぜんそく等々、色々な公害があったわけですが、それを克服するための政策の枠組み、そして原則といったものを定めたわけであります。ここにはあまり突っ込んで書いてありませんけれども、これが実はあとで環境基本法という、それから後30年位経って出来てきた公害対策基本法に換えられる新しい法律ですが、それに変わった。それらを対比してみますと、この間の哲学の違いというのがよく分かるわけであります。
公害対策基本法はやはり、悪い事を取り締まると言いますか、悪い事はいけない、落第点はやめよう、健康が壊れちゃうような事はいけませんねと、その健康が壊れないように規制をする。悪い行為を取り締まる。それが発想の原点なんですね。環境基本法と比べてみますと、環境基本法はむしろ良い環境が皆にくれる色々な恵み、例えば芸術的なひらめきというものもあるいは恵みの一つかもしれませんし、単に病気にならないというだけでなくて健康が増進されるとか、資源がきちんと採れるとか、あるいはこの新宿御苑を見て分かりますように、この大気の恵み、太陽の恵み、これはすごく大きなものがあるわけですが、そういった恵みをきちんと人間が受け止め、且つ将来の人に渡して使っていけるようにしようというようなことが目的の法律なんですね。
例え話で言えば、先ほどの公害対策基本法が落第点を取らないようにしようという法律だ、というように申し上げたと思いますが、環境基本法というのは、良い点を取ろうという法律です。ですから、試験の勉強とか思い出していただけますと、やはりやり方が違いますよね。最低のことだけやっておけば良いのと、なるべく良い点を取ろうというのは全く発想が違うので、そういう事で思想がかなり変わってきたわけであります。この新しい環境基本法で訴えていること、それを深く突っ込んでみたのが2ページ以下です。
2ページ以下を見ていただけるとありがたいのですが、3つの理念が書いてあります。第一の理念。これは一番皆様方のお仕事に関係が深いと思います。「環境の恵沢」恵みですね。難しいですね。確か憲法にも恵沢という言葉が出てきて、恵沢…たくさん恵みがわいてくるような感じがして、良い言葉といえば良いという感じもしますが、これを「享受」。これもまた、享楽的だって思う人がいて、いけないですね。まあそれが良いという人もいますが。恵みを受け止めて、そしてそれを将来世代に繋げていく、こういうことが、環境行政なり環境政策の一番の理念なんだということを言っています。先ほどの公害が無ければ良いというのとは全く違うということが見てとれると思います。
「規範」と書いてある答えの方から先に見てもらいますと、こういうことでありまして、下から二つ目の四角で括ったところを見ていただければと思いますが、現在および将来の世代の人間が、健全で恵み豊かな環境の恵沢を共有できる。今の人も将来の人も、こういう降り注ぐ太陽ですね、これを奪われることなく使える。あるいは清々しい空気をちゃんと吸える。あるいはちゃんと雨水も活用できるとか。色々あると思いますけれども、そういった環境の恵みが享受できる。これが大事だと。そしてそれが人類の相続の基盤でございまして、そういった資質を持っている環境というものを維持するんだ、こういう目標を達成するべく取り組みをしようじゃないかということを理念の第一に掲げていますので、おわかりいただけるかと思いますけれど。
環境が損なわれて被害がある、それだけをなんとか勘弁してくれというのではなくて、良い環境を作っていくことが今の行政の目標なんだ、これをぜひ皆さんと共有したい、シェアしたい考え方だと思います。ですから、環境行政と言ってもかなり、ある意味クリエイティブなところに近付いてはきているということですね。
行政というのはよく最低基準を守ればと言いますが、少し話が飛びますけれども、私もエコハウスとかそういうものが好きなので一例をあげます。今日は建築専門の方もいらっしゃると思いますが、私は家づくりなど全く専門外ですが面白いからやっているわけです。例えば建築基準に断熱性の基準というのがありますが、これはしかし実は守らなくても良いのですね。ところが構造上の耐震性能、これは守らなくてはいけない、家を建てられないということです。それをごまかす人が出てきて、まあ固有名詞を出すのも変ですが、姉歯さんというんですか、騒ぎになっていますけれども、問題が起きたわけですね。そのとき私が思ったのは、例えば耐震基準みたいなものを作って、その基準に張り付いてしまうといいますか、それだけを1.何倍と言って、ぎりぎりの所で基準をくぐってそれで良かったというのは経済設計という発想なんですね。それはやはり規制の悪い副作用という感じがいたしました。
環境行政はどうしているのかとこういうことですが、もちろん最低限の基準というのは守っていただかなくてはいけないので、例えば自動車の排出ガス規制、マスキー法がありますね。日本では出来たけどアメリカでは出来なかったという最低基準。排気ガス規制。この基準を守っていないと自動車が売れない。こういう基準を定めているのですが、それだけでなくて、皆さん車に乗っているとわかると思うのですが、四つ星とか三つ星とかステッカーが付けてありますね。あれは一番良いのですと規制基準の四分の一以下の排ガス量なんです。窒素酸化物の出る量が規制基準が100くらいだとすると25くらい、あるいはそれ以下といったきれいな車なんですね。それには税金を負けてくれるとか、そういうサービスがついているんです。ですから、日本の自動車メーカーは、あるいは日本のお客様もそうですけども、規制基準ぎりぎりの車を買おう、あるいは作ろうとは思っていないんですね。規制基準を遥かに下回る、もっときれいな車を作ろうと、こういうインセンティブが働いている。やはりそういった、行政側の知恵と言いますか工夫、そういったものも必要じゃないかと、そういうように思います。
話が脇道にそれましたけれども、やはり最低を目的にしちゃ駄目なんですね。もっと良いものをつくる。それがきっと、この会場にお集りの方々も考えていらっしゃることではないかと思います。そして、行政としてはっきり「それが目標なんだ」と言う事が大事だと思いますね。行政が言ったというよりは、国会で決めた最高の社会ルールが法律ですから、別に行政が決めた訳じゃありませんが、そういった目標、これをはっきり訴える。これが大事なことだと思います。

時間の関係でちょっと先へ行きますが、第二の理念とは何かと言いますと、これは持続可能性というものをどうやって作っていったら良いのかという、取り組み方の原則みたいなものを書いてあります。色々なキーワードが並んでいますが、まずはみんなが公平な役割分担のもとに、自主的且つ積極的に環境保全をしようということであります。 
悪い事を取り締まるのだと、みんな何やってもいいけど悪いことする人は罰則だと、悪いことさえしなければ何をしてもいいということですが、そうではなくて、良いものを作ろうというのはちょっと発想が違うんですね。良いことを強制するというのはなかなか出来ない。たとえば発明もそうですし芸術だってそうだと思いますが、きれいな絵を描けと言われてもひらめかないかもしれないし、何がきれいかも色々難しい所があると思います。だからそういうものを取り締まるということは出来ないんですね。きれいじゃないとだめと言ってもなかなか難しい。
もちろん、レベルが上がってくればきれいじゃないものというレベルも上がってきて、そういうのはだめだという言い方も出来るのかもしれないのですが、いずれにしても前向きなものをしなきゃいけないというのはなかなか難しいので、ルールとして言えば作りにくいということで、代わりに、ここは自主的且つ積極的にやりましょうねということに落着いたのです。強制された、あれしちゃだめ、これしちゃだめというのではないよと、こういうことが書かれている。新しいプラスの価値というものを作る時の、ルールとしてはそういうことになるのかなあと思います。
それから、皆が公平な役割分担のもとでやっていこうじゃないかと。なるべく公平な役割分担を果たす。公平に果たすという仕組みづくりを、やはり行政としてはやっていこうと、そういうことをここで言っている訳であります。いずれにしても、行動の理念としては自主的積極的そして公平に行っていこうということであります。
それからもう一つは、一番下を見ていただきたいと思うのですが、「科学的な力を生かす」。これはまあ、最近の芸術もいっぱい科学を使いますが、環境保全にあたってはやはり、科学の力を積極的に使っていこうということですね。それは、予防原則とかいろいろ言われておりますけれども、要は先ほど申し上げましたように、悪い事を取り締まる、被害さえなければ良いということであれば、極端に言えば被害が起きる寸前の段階、あるいは起きてから対策をとるというのでも良いのかもしれませんけれども、そうではなくて、良いものを狙っていこうとなりますと、被害が起こりそうだなあ、なんていうことはいけないわけですね。そういうことにならないように、先手を取って先回りして対策をとっていく。こういうことが大事なわけでありまして、それをやるためにやはり科学が必要だということになろうと思います。
「科学的な力を充実」して、「支障を防ぐ」と書いてありますね。これもおもしろい、話が横道になって申し訳ないのですが、実はこの環境基本法の言わば発明品なのですが、環境が本当に壊れるのでなく、環境が壊れそうになる原因、それを支障と言っているんです。だからすぐ被害があるわけでも何でもない。だけどこのまま行ったら壊れてしまうかもしれない。そういうようなものは環境保全上の差し支えだ、支障だと。その差し支えが生じることを未然に防ごうという、大変贅沢な、昔で言えば目標なんですね。それを考える。そう思った!というだけではいけませんから、それが本当に支障になるのか、そしてそれを防ぐためにとろうと思っている行為がちゃんと役に立つ行為なのか。こういうことを判断するためにやはりサイエンスが必要、科学が必要だと。こういうことになるわけであります。そのような訳で、科学を活用しながら、皆が公平な役割を果たしながら、自主的積極的に役割を取り組むんだという行動の原則を書いています。それで、当然ながら自分達だけ良ければ良いと言う訳ではございませんので、健全で恵み豊かな環境が将来に向かって維持される、そして、健全な新しい形の経済の発展を図るということで、この社会を長い目で見て継続できる形の社会に変えていきましょうということが謳われている訳であります。
それから、この「健全な経済の発展を図る」。これも一つの取り組みの原則だとここに書かれているわけであります。これも芸術活動などを進めていく上での、言わば共通のスタンスじゃないかと思います。芸術とは書いてありませんが、発想はそう遠くないということがご理解いただけるかと思います。
 
それから4ページには3つ目の理念が書いてあります。下の答えの方に「国際社会の中で、我が国の占める地位に応じて、国際的な協調を図りながら」、そして「我が国の能力を生かして」、地球環境保全を積極的に進めていく。これもなかなか、私自身は、まだもう一歩、もっと大胆に言っても良いのではないかなという気がしています。この環境基本法を作る時、私はある部分の担当者ではあったのですが。ある部分というのは、環境の長期的な計画づくりみたいな条文を書く部分。それから環境税というのがありますね、環境のためにあえてお金を払うということです。環境を良くするのに、直接には環境に負荷になる部分、環境に重石になるもの、これを減らす事が当然直接の方法なんですけれども、お金をとる、環境を汚す人からお金をとる…。これはまあ、汚すと経済的な負担が生じるからそれを避けようと思って良い行為をするという、かなり迂回的な、迂遠な、間接的な方法なんですが、しかし有効性があるということで初めて条文に書くことにした訳であります。私はその部分も担当しましたが、この基本理念のところを担当した訳ではないので、そういう目で見ますと、やはりもっともっと書いても良いかなと思うんですね。
例えば「国際的協調のもとに」。国際的に協調しなくたって、やはり地球の環境を守るために日本は頑張らなくてはいかんとも思います。そのようにいくつか気になる所もないことはないのですが、でもその前の公害対策基本法の時に比べますと、ずいぶん日本の考え方も変わったなと思います。日本は、やはり戦争以来、実際には世界の大国ではない訳ですね。自分たちの発想としても、国際秩序とは誰か別の人が作ってくれて、その中でなるべく楽に儲けて暮らそうというのが大体の発想だったと思うんですね。地球を経営しよう、国際社会を経営しようなんて根性はなかった。そういうことだから、例えば大勢順応主義とか、受け身などと言われますけれども、国際条約が出来て日本もそういう環境対策をやらなくてはいけないと言われればやるんだけれど、自分から進んで皆がこうするべきだ、地球を守るためにこうするべきだなどということは言いに行かなかったんですね。
だけどそれじゃやっぱりいけない。地球の環境を守らないと日本自身も守れないよねと、みんな一蓮托生、一緒に住んでいるんだという思いがだんだん至って来ました。というかむしろ、環境だからこそそう思ったのかもしれませんね。環境には国境が無い訳でして、中国から飛んでくる黄砂あるいは酸性雨、こういったものに直面すると一衣帯水という言葉がよく分かります。
私、地球環境局長というのをやっていたので、もちろん温暖化について、一番長く自分なりに経験があるんですが、最近の話題はもちろん温暖化もありますけれども、日本海などですと浮遊ゴミ。大陸から、あるいは朝鮮半島からいっぱいゴミがくる。例えばほとんどは漁業の廃棄物とかペットボトルみたいなものがぷかぷかと、壊れないプラスチックですから。去年、今年などは医療系廃棄物、針のついた注射器、そんなものも流れ着くようになってきています。そういうことで環境に本当に国境はない。また環境対策がされないままに、どんどん経済発展を欲しいがままにすると、やはりそれは隣国にも影響を与える。日本のゴミも実はハワイの方にいっぱい流れているので、日本だって加害者だということで何も被害者ばかりじゃないですが、そういう風に関係しあっている。こういうことを実感する訳でありまして、この地球は狭い。
また勝手にやっていると壊れちゃう。これについてはかなり認識が高まってきた。昔は温暖化だとかオゾン層だとか言っていましたけれど、やや抽象的かもしれませんね。地球が狭い、人間が壊しちゃうかもしれないということの実感は、むしろ最近色々な事例で関心が高まってきている。それが良いことかどうかは別で、むしろ悪いことだと言うべきだろうと思いますけれども、そんな時代になってきたと思います。そういうことで言いますとやはり、この理念の、もっと強く、地位に応じなくたって能力がなくたって協調がなくたってやるべきであると、このくらい書いたっていいんじゃないかなと思うのです。
いずれにしても、国際的に取り組む、地球環境を守る、日本の環境さえよければいいというものじゃないと言うことが書いてあるということは、非常に画期的だと思います。こういった理念のもとに、色々な、先ほども自動車排ガス規制の話も少ししましたけれども、取り組みが行われているんですね。その中で、環境を壊すというよりは良い環境をつくろうという観点で、良いことをしようということについて行政はどんなことをしているのかということを少し、お話していきたいと思います。

悪い事を取り締まるという点では、先ほどの環境基本法でも公害対策基本法でもそう変わらないんですね。まあ環境基本法の下では、本当に悪くなる前に取り締まるので、その取り締まり方も先ほどちょっと申し上げましたように、環境税を使うとか言わば間接的な方法。直接そこで刑務所に入れてしまうとか、そんなあからさまな犯罪的なことだけを取り締まったのではもう防げない訳で、もっと柔らかなソフトなやり方で取り組みをしていこうと、こういうことになっています。同じ規制的措置と言っても、公害対策基本法の時代と環境基本法の時代は違うと思いますが、でも取り締まりにはそれなりの共通点があるんですね。それに対して良いことをしようということになりますと、これはやはり取り締まりという方法ではなかなか出来ない。例えば、親不孝はいけないということでこんなひどい子供になっちゃいけないとか、そんなことは取り締まれますが、良い子に育てましょうとか親孝行しましょうとか、これは法律で書いて強制できるものではないということであります。
じゃあどうするのかということで、その一例が次の5ページを見ていただきたいと思います。これは環境保全活動、そして環境保全の意欲の増進、環境教育を行う際に共通する基本的な理念と書いてございますが、これは何かと言いますと、下に点線で囲ってある「環境保全の意欲が増進する環境教育の推進に関する法律」というのがありまして、それに基づく基本方針の中に書いてあることを切り貼りしてきたのですが、こういった法律が出来ています。いいことしようという法律で、面白い法律です。環境保全の意欲を増進するための措置ということですね。
この法律は議員立法で、さすがにこの法律は役所としては作りにくいタイプの法律で、議員さんが全会一致で作ることに馴染む、そういうものだと思いますが、でもまあお手伝いをしたので、色々記憶に新たです。ちょっと脇道に逸れますと、環境保全の意欲の増進に関する法律というのはひどい話だと、ある真面目な議員さんに怒られました。例えばこれが食欲の増進に関する法律だったら、余計なことじゃないかと言っていましたね。よくわかります。食欲を増進する法律を作られたらみんな太っちゃいますよね。大変です。けれども環境保全の意欲の増進であれば許してくれる。そのためには努力をしようと、こういうことになった訳であります。ただやはり意欲と言うのは内面的なものですから、内面そのものをどうこうは出来ません。そういった内面が育っていくための、まあ外堀と言うのですか、舞台、枠組み、こういったものを作っていく、というのがこの法律の任務でありまして、内面がこうなきゃいかんということは言えない訳でございます。
そういうことで、この法律では、先ほどの環境基本法をもう少しわかりやすく書き直して、こちらの上の方に書いてありますが、四つの切り口で取り組んでいきましょうということです。地球の恵みを長く受け止めていけるようにしようとか、自然を保全して育成して共生しようとか、資源などの循環を助けましょうとか、それから環境負荷というものを減らしていこう。こういうことについて、多様な人達がそれぞれ適切な役割を果たすということです。例えば市民とかNPO、企業、自治体、こういったものも位置付ける。今日は時間があまりないので踏み込んで話しませんが、この法律の解説書が出ていると思いますし、法律ですからホームページなどを引いていただけますと皆見られますが、一度読んでいただけると面白いと思います。端的に言えば、環境保全の活動をするにしても環境教育をするにしても、どこでもがその場所だ、あるいはそれを練習するための教室なんだということ。例えば新宿御苑もそうですし、海でも川でも山でもどこでも、環境保全の活動のための、あるいは環境教育のための教室であり現場なんだということが一つです。それからもう一つは環境に対する取り組みのリーダー、これは学校の先生だけじゃありませんよと。前に戻って言えば、どこでもが教室だということで、学校の教室だけが環境教育を行う場所ではないよと。この青空の下、例えば街のスーパーの中、工場だって、もちろん山だって川だって海だって、それが環境学習の現場であり教室なんだとこういうことなんです。それを教える人も学校の先生だけじゃありません。学校の先生は大事ですが、市民もNPOも、企業も自治体も、国の他の行政機関、文部省以外の機関、皆先生なんだよということを言っております。皆どこでもが環境への取り組みの場所であり、誰でもがそのリーダーになるんだというのが、実はこの法律の一言で言ったエッセンスだと思います。そういう意味で大変面白い訳であります。
それで、悪いことをするのでなくて良いことをしようということなので、かなり広い範囲について色々なことが書かれております。その中に大変珍しく、芸術についての言及もありますので、このページの下の点線に囲った所をちょっと持ってきました。ここには「私達は環境活用しながら経済的、社会的、文化的活動を営んできました」とあります。環境は色々な多様性がありますけれども、そういう場所、それぞれの環境に合わせてそれを生かして生活をしてきた。「こうした生活」というのは、環境に馴染んだ環境に適した生活のことですが、「美しいもの」あるいは「あるべきものとして芸術や文化の基盤ともなっています」と。
こういうようなことで、環境の質、例えば私どもから見れば砂漠など何もない場所かもしれませんが、そこでもそこを生かした生活、生かした生物もいますが、そういったものがあるわけです。それがあるべきものとして、色々な人間の感性、生活を支えるものだけでなく、そういう喜びといったものも支えている、文化も支えているんですね、と言うようなことが書いてございます。そういうように環境の価値というのが広い。単に、お水を供給してくれる、空気を出してくれる、あるいは生物の資源を育ててくれる、人間はそれを食べられる、そういった価値だけでない価値、そういうものをここに認めている訳であります。

ここから先はちょっと行政そのものではありませんが、私どももその自主的積極的環境保全をしていくということで、ビジネスの力をもっと使っていこうと、そういうように思っております。例えば来年の予算で言いますと、もちろん良いことをした時に減税措置をするとかそういうのはあるんですが、さらに環境金融と言いますか、環境に取り組む人にお金が回りやすくなる。話せば長いのですが、環境というのはすぐにお金になる訳じゃないので、だから四日市の公害とか水俣病とかが起きた訳ですね。何と言うのかな、汚いものを環境に捨ててしまえば処理費がタダだが処理するとお金がかかる、だから短い期間のバランスシート上は、処理をしないで汚染物全部捨ててしまった方が良い。こうなってしまう訳ですが、ところがどっこいそういうことをすると、被害が大きくてその補償のためにお金がかかるということで、結果としては汚した企業はちっとも得をしなかった、というのが現実であります。
いずれにしてもその、経済と環境とは長い目では当然一致しなければいけませんね。経済が残って人も環境も死んじゃったというのは無い訳で、長い目で見れば一致するんですけれども、しかし短い目で見るとなかなか一致しない。環境に取り組む企業が例えば初期投資をちょっと余分にしなければいけない。その時のファイナンスはどうするのか、というようなことでありまして、そういった取り組みがあればむしろ、金利を負けてでもファイナンスすべきじゃないか。そういう会社の方が生き残る訳ですからね。そういう方が金を貸す側も良いじゃないかというような議論もあり、来年はそういった仕組みを作ろうという計画を入れてきております。これからビジネスの力を活用しながら環境を良くしていくことを出来ないか、あるいは本来そうあるべきだと思うのですが、そういう本来あるべき経済にしていけないかと色々言っている訳です。
そういう観点でこの6頁、7頁を作ってみたのですが、先ほどの環境基本法ではまずそもそも自然の恵み、環境の恵みをずっと生かして、そして継続させて次の世代が使えるようにしていこうと言っていると申し上げたのですが、その自然の恵みというものを経済的な価値に換算するとどうなるかを一生懸命計算した経済学者もいるんですね。その経済学者さんの計算によると、これは年々の価値ですね。地球がなくなったら人間も生きていられなくなる訳で経済に換算する意味もありませんから。自然の恵みのストックとしての価値は無限大だと思うんですが、年々生み出すフローとしての価値はどうなのか。こういうことで言いますと、おそらく経済で生み出している価値であるGNPの約2倍弱の四千兆円。これは数字的には古い1997年の数字ですから、今だったらもっと大きいかもしれませんけれども、四千兆円だと言っています。人間が経済で稼ぎだすよりも遥かに大きな額を自然は作り出している。こう言っている訳であります。だからその価値が経済の中で認められれば、その価値を保存しよう、とり尽くしたらなくなってしまう訳ですからね、保存しよう、あるいはもっと増やしていこうといった力が働くのではないんだろうか。
私、もともと根が経済屋というか、都市経済とか都市計画の経済的側面というのが大学の時の研究でしたし、また途中で、役所というのはありがたい所で留学などもさせてもらえるのですが、その時やっていたこともそういうことです。ちょっと目が曇ったかもしれませんが、まあ儲かることは一生懸命やるので、良いことが儲かるようにするというのが一番良い訳です。知恵とかそういうものが経済的に報われる。これは良いことであります。そういう意味で、自然の恵みというものをもっと経済の中に組み込む。それがいけないことだと言う人もいますよ。環境をお金に換算するのはおかしいじゃないかと言う人ももちろんいます。一応、換算し尽くせない遥かに重要な価値だとは思いますけれども、しかし、それでも少しでも報われるようにするということは、環境を守る上での一つの手段になるだろうと考えてみたんですね。
そういう目で見ると、どんなものが自然との関わりで経済活動に耐えうるかということをちょっと整理してみました。これは私個人がどこか雑誌か何かに書いたものを切り貼りしたので、役所がこう言ったという訳じゃないんですが。例えば、自然環境の恵みの採取、生産、供給。これは後でまたちょっと出てくるんですけれども、自然を材料にした、当然良い自然でなくては出来ないエコビジネスと言う事ができると思います。それから自然の恵みを楽しむということはなかなか実は難しいですね。新宿御苑みたいなものがあるから、なるほど太陽の恵みってすごいとか色々なことを思う訳です。後で時間があれば新宿御苑がどんな環境の恵みをもたらしているかという話を少ししたいと思っておりますけれども、とにかく何か環境の恵みを実感するというのは難しいですよね。それを助ける。それが経済にもなるということです。
3番目は自然に関する研究とか、調査、教育。これ自体も当然経済活動です。それから、自然の恵みそのものを使って、例えば自然エネルギーを使う、こういうことも自然を利用したエコビジネス、良い自然で成り立つ一つのビジネスである訳です。その他、良い自然を作るというようなことで、普通であれば壊してしまう所を自然調和型の公共工事をする。例えば河川の護岸を自然の小川みたいにするとか。造園などでも、昔はこてこてでコンクリートで叩いているという所も、もっと手が込むかもしれませんが、自然を生かした、例えば森ビルの屋上には田んぼがあるわけですが、そういった工事をしていく。
この中で特に1番2番を見てみますと、これもほとんど暇に任せてこんなのもあるかな、あんなのもあるかなと書いただけなので網羅的ではないのですが、例えば、野生の鳥や獣の肉とか、野生の魚、山菜。こういったものは自然の恵みそのものですが、これももっと採ったり販売できたりすると採り尽くすんじゃないかというように思うかもしれませんが、そうでもないと。例えば鹿なんか増えすぎて困っているんですね。それで鹿のお肉は、私、留学がフランスなもので、やはり冬の風物詩と言いますか、季節でイノシシとか鹿食べますよね。それがとてもヘルシーだということになっているんですが、日本の場合はなかなか流通ルートがないので、食べるためにはほとんど獲られてないため、増えすぎて困っている。無理にお金を払って獲って、ゴミにしていると言うのが正直な所でありますが、もっと自然の恵みを頂戴したっていいじゃないかと、こう思う訳であります。
それだけではやはりしかし需要を賄えませんから、ペットみたいな形でこれを増殖させて販売をする。最近はクワガタとか。クワガタも何も外国のクワガタじゃなくても良いじゃないかとか思いますね。それから、色々な爬虫類。こう気持ち悪いのがいいんだという人がいますが、私などはチョウチョが好きです。もう標本とかは作っていませんけれども。今日も家でツマグロヒョウモンというチョウチョの幼虫を見て撫でてきました。チョウチョは全然なつかないんですね。そして結構気持ち悪いんです。黒くて6センチくらいもあって、背中の真ん中に橙色の線がボンと走って、とげが生えていて、見ると気持ち悪いんですけれどその気持ち悪い所がなかなか可愛くて、こけおどしで別に刺したり噛んだりしませんから、可愛いもんなんですが…。まあ、色々なペットがあり得ると思います。あまり変な外来種とか大きくなりすぎてその辺に放してしまうとか、そういうことになるようなペットはやめて欲しいと思いますが、しかしこれも自然の恵みのエコビジネスだと思います。
それから山野草、ガーデニング植物、これもそうです。それからアロマテラピー用の自然香料などもありますね。生物標本などというものもあるでしょう。生薬もあります。あるいは腐葉土などもありますし、温泉などもそうだと思います。水もそうです。この間、天川村…今日リレートークの中でも地球交響学の話で出てくるかもしれませんが、昔から神様がいるということになっている場所で、水をすごく生かした、水を中心とした地域おこしの活動がされている所に行ってきましたが、やはり非常に皆の元気の元になっていますね。それから好きな人は化石とか鉱物などもあるでしょう。そして最後の二つは環境をテーマにした芸術というのもあるだろうと思っております。まあそういうことでどんどん環境の恵み自身を経済に乗せていけば、環境はむしろ守られるのではないか。使い尽くしちゃったらおしまいですからね。守ることになるんじゃないかと思う訳です。
次を見ましょう。次のカテゴリは自然の恵みを一般の人が楽しむことを助けることの経済活動、これも環境を結果として守ることになるんじゃないか。例えば自然鑑賞に行く時の運送手段。これもできたら、新宿御苑ではあそこを走っていますが、電気自動車にしたら面白いですね。それから行楽弁当、これだって色々知恵を生かすと面白い。御苑も良い食堂があります。後で行けたら皆さん行っていただきたいと思うのですが、エコ食堂といって太陽光発電とかを使っていますが、そこで御苑ハーブランチというようなものを作ったらどうかと言っています。そういうのはないんですかね、遠藤さん(※新宿御苑普及指導企画官)。御苑で採れる茸のランチとか、そういうのがあったら面白いなと思うのですが、まだ無いわけですが…。こういった、自然を生かしたあるいは自然を楽しんでいくためのお弁当の文化が日本にはありましたね。これもとても良いエコビジネスだと思います。
当然、自然公園内の色々な施設もそうですし、例えばビオトープなどというものもあります。自然農園もあるでしょう。天然雪のスキー場もあるでしょうしキャンプ場もある。色々あります。エコツアーなどもあります。これも言わば芸術に近いものがたくさんあると思います。
そういうことでぜひこの環境芸術という観点で取り組んでいただくことが、今申し上げました経済的な経路、そしてまた学習というような経路を通じて、この環境行政が新しく理念とした所の環境の恵みを高め、そして維持継承していくことに役立つだろうと、そういう流れが出来つつあると言う事を少し感じ取っていただければ、今日午後のリレートークの言わば前座にはなったのかなあと思うわけであります。
あと5分ほどありますので、話をちょっと変えましてですね、あえて少し短めにして5分くらい残しておこうと思ったのですが、先ほど時間があれば申し上げたいと言っていた新宿御苑の環境の恵み、これについてお話してみようと思います。新宿御苑、これだけの面積がありますと何が起きるかというと夏涼しいんですよね。夏歩いていただけるとよくわかると思うんですが、放射冷熱と言いますか…。放射温度計という温度計があって、これは面白くて色々な場所から出ている赤外線を計るんです。そこがどういう温度かが遠くからでも分かるのですが、空は寒いですよね。当然ながら宇宙に開けているわけですから。そこにCO2などが入ってくると、今も入っていますが、温室効果ガスと言われて、温室のガラスの蓋のようになって赤外線を通さない。赤外線が戻って来てしまうので暑くなるわけですが、まあそれでも空は涼しい。 これだけ空に開けている御苑ですから、夜はどんどん冷たい空気ができるんですね。熱が外に出て行ってしまい、冷たい空気が周りに滲みだしていく。風がなくても冷たい空気は重いですから。夏は少し南の微風が吹いているということが多いので、北側に向けて何百メートルも涼しい空気が飛んでいるんですね。厚さがこの木の高さくらい、30〜40メートルの高さまで、涼しい空気が三百メートルとか今も出ているんですね。天然のクーラーになっている。小さい緑地でも木一本でもそういう力がありますけれども、やはりこれだけ大きな緑地が都心の真ん中にあるというのが大変なことでして、ここ何年か、固有名詞をあげれば首都大学の三上先生という先生がいらして、地理学の先生ですけれども、この研究室とタイアップして、御苑の数量的な冷熱効果というものを計っています。そういう大きな冷熱効果があることがわかりましたので、じゃあこれをもっと都市改造に使えないかとも言っています。
この先、花園神社とか花園小学校とかがございますが、そこへ行くとちょっと木があるので、そこまでなんとか新宿御苑の中にいるのと同じような環境に出来ないか。今、ヒートアイランドとか言って大変ですね。暑い。暑いからみんな窓締めてクーラーをがんがん回す。余計CO2が出てきて廃熱も出て外は暑くなるという悪循環。そうじゃなくて御苑の冷気で少しでも窓を開けて暮らせるような所というのは出来ないか。あるいはたとえ一度下がっただけでもそれだけクーラーの「強」が「中」になる、「中」が「弱」になるということですから、CO2の出方も減るということでして、こういった御苑と同じような環境を外へ広げていけないかということも考えた研究をしました。
エコハウスで有名な善養寺さんという建築家ですが、色々設計をして、結局壁面緑化とか屋上緑化、建物の形等々工夫をしますと、この新宿御苑が広がったようなことを床面積を変えないでもできると。どうしてそんなことができるかというと、道路の下まで床面積が出してあったり、色々な事をして、今ある床面積を変えないでも、御苑のもたらす涼しさ、良い空気というものを相当範囲に広げていくことはできると言います。
風のモデルは色々あって、東工大の梅干野先生という熱シミュレーションの得意な先生が使ったりしています。まだ十分完成されていないと思いますが、そういうモデルで熱を飛ばしたり、シュミレーション上で色々やってみた結果、そんなことが分かってきたという事です。ゆくゆくは都市全体をここにある環境みたいに変えるだけの技術もある、知恵もある。あとは行動するだけだと思うわけでありますが、そういうことを教えてくれるのがこの新宿御苑だと思います。
私の自宅でも、先ほどご紹介ありましたがエコハウスでして、太陽光発電とか太陽熱利用だとか色々なことを30項目くらいやっています。建替え前に比べて光熱費も、CO2やエネルギーで見ても40%くらい減らすことが出来ました。今の技術をもとに相当の効果があると思いますけれども、ただ思うのは、一軒ずつがそれぞれ対策をとることももちろん大事ですが、街全体が対策とらないと夜の空気が涼しくない、風も吹いてこない、これでは困るわけでありまして、やはり一つ一つの建物が良くなるだけでなく、街を良くするということをぜひやっていっていただきたいと思います。
環境芸術学会の方々、するべきことはたくさんあると思うんですね、やはり良いものがないとみんな悪くなってしまう。例えば車のデザイン一つとっても汚い街では車が栄えない。良い所に住んでいればやはり良いデザインのものが欲しくなるし売れるだろうと思います。単品が良いのはとても大事ですけれども、やはり環境が良いということは、また良い単品の芸術作品、芸術的な側面を高める、そういった力にもなってくると思います。やはり一個ずつでなく環境論、皆が合わさったそういった集合体ですね。システム。これを良くするということに取り組む価値はすごく大きいのではないか。一つずつが足し算された効果という以上に大きな効果が実はあるのではないかと思います。そういう意味で環境芸術学会、大変面白い発想ですね。芸術作品というよりは環境を芸術にするとこういうことですから、そういうチャレンジングなテーマを取り上げられて、大変高く評価しております。ぜひ、今日、私がした、いわば前座のお話が少しでもお役に立てばありがたいですが、一つ勇気を持ってそういう環境の改善に取り組んでいただきたいと思います。本当に今日はおめでとうございました。

司会
どうもありがとうございました。日本の国としての環境に対する取り組み、またご自身のお考え、そして新宿御苑の自然の恵みなどについてとてもわかりやすくお話していただきました。私達がこれからの環境を守って行くために何をしていけばいいのかを考える、一つの指針を示していただけたのではないかと思います。もう一度小林さんに拍手をお願いします。どうもありがとうございました。