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活動報告

環境芸術学会第5回大会 シンポジュウム報告
シンポジウム「芸術と人間 - 医療の世界と環境芸術をめぐって - 」
11月13日(日) 14:00〜16:00 7号館 401 (第11講義室)
<パネラー> 
筧淳夫(建築家、国立医療科学院施設科学部)
照沼秀也(医師、老人の専門医療を考える会、医療法人いばらき会理事長)
クリストフ・シャルル(映像作家、武蔵野美術大学助教授)
<コーディネーター> 
横尾哲生(美術家、埼玉大学教授)

横尾 会員の横尾です。よろしくお願いします。今回は医療の現場と美術との関連について、人間の視点からやりたいと思います。
初めに、現場で活躍されている、元はICUの方に勤務されて今はホームケア、在宅介護の方までやられている、現場からの意見をおっしゃっていただく、照沼先生をご紹介したいと思います。先生どうぞお願い致します。
そして、建築家で、国立医療科学院、施設科学部部長をなさってまして、日本の病院建築の基準作り等に携わっていらっしゃる筧先生です。よろしくお願いします。それに、今回、映像作家として、本学会の会員でもありますクリストフ・シャルルさんに同席していただきたいと思います。
じゃあ先生方、どうぞ、お席に着いていただいて…。
2時間の予定でおります。最初に、10分か15分ずつくらい、それぞれのお立場で、芸術と医療というその部分で語っていただいた上で、ディスカッションの方に移りたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
早速、照沼先生の方から、現場の実情、および先生のお考え等をお話しいただきたいと思います。

照沼 はじめまして。私、茨城県の方で在宅医療に現在取り組んでおります照沼と申します。古い話になりましてちょっとあれなんですが、先生にも少しご紹介いただきましたが、わたし最初はですね、大学病院に15年おりまして、まさに急性期の医療というものに特化した施設におりました。ですので、在宅とかホームケアという意味に関してはどちらかというと新参者でして、そちらの方の意見を言うときには、ちょっと気恥ずかしくなってしまうんですが。まあ急性期病院におきましては、そこそこ経験させていただきましたので、そのような経験も含めて今日はお話しできたらなというふうに考えております。
まず前半の部分で病院の機能ということですね、病院の機能について、だいたい私なりにそこに働く者の立場として、こんな感じなのかなあというイメージをお話ししまして、後半でですね、ひとりの患者さん、がんの末期の患者さんなのですが、大学病院で手術を終えて、それでお家でどうしても過ごしたいと、最期を過ごしたいという患者さんを経験させていただきましたので、その症例を、ここでご紹介させていただきたいと思います。

病院はですね、大きく分けて、それこそ筧先生の専門になるかとも思いますが三つの施設に分かれております。一つはですね、急性期の治療をするところですね。これは例えば、皆さんがけがをしちゃったと、例えば、交通事故に遭ったとしましょう。そうしますとやはり、救急車で、急性期の病院に行きます。でそこで骨折の治療を受けて、その次に、少し良くなってくると今度は、リハビリですね。検査なんだのかんだのが治療が終わって次にリハビリに行きます。それで、だいたい終わってきますが、お家へ帰ってきても少し肩が痛いとか、腰が痛いというのがあれば近くの診療所に通ったりとかですね、そういった施設に通って少しそれを続けて、そういった慢性期のケアを続けていくというふうに考えます。ただですね、ちょっと分かりにくいのは、慢性期の病院といいますと、皆さんいろんなご病気があると思うのですが、一つにはですね、そういった後遺症のようなものもありますが、大きな意味でいうと、今一番問題になっているのが、日本人の三分の一が亡くなるという、がんですね。がんのターミナルケアという部分も、この部分に属するんだということで、少し、そこに入れさせていただきました。
もう一つですね、皆さんのイメージの中に町の診療所っていうのとですね、大きな病院、というのがどんな関係になっているのかというのも、一つ分かっていただきたいことの一つなんですが、よく風邪なんかひきますよね。そうすると、だいたい風邪薬もらいに、ま、近くの薬局で買っちゃう場合もありますけど、ちょっとこじらせちゃったなあという時は、町医者に行ってですね、そこで外来診療を受けると。そこで、まあこれはちょっと、ただの風邪じゃなかったと、肺炎になっちゃってたという時にはですね、大きな病院へ紹介してもらってそちらへ入院したり。そして、良くなったらまた近くの診療所に、その地域で暮らしていくというのが一般的です。
それでその中に、在宅医療という聞き慣れない言葉、もちろん皆様方で、もちろん知ってらっしゃる方もいらっしゃいますが、そういう医療が最近行われています。それはどういう医療かと申しますと、地域の中で暮らしたい、ずっと暮らしたいという方々ですね、例えば、脳梗塞で後遺症になってしまった、ベッドから寝たり起きたりしているような状態だと。そういう場合に、普通でしたら慢性期の病院に入院することが今まで典型的な療養だったんですが、どうしてもお家で暮らしたい、という場合は、お医者さんがそこへ行ったり看護婦さんがそちらへ出向いたり、もしくはヘルパーさんがそちらへ行ったりしながら、お家で療養していくとそういうふうなスタイルの診療が最近出てきてます。そういうことで、診療所と病院というのは、そういうふうに連携しながら、地域の健康づくりに貢献していけたら、というのを考えている医療集団だと。ここで少し紹介させていただきたいと思います。

それでですね、次に、急性期の病院っていうのがどんな病院なのかという、大まかなイメージですが、だいたい発症して14日くらい、例えば、脳卒中を起こした、もしくは、肺炎を起こした、癌になっちゃった、といいましても、だいたい、発症して14日、このくらいが急性期のイメージの期間じゃないかな、2週間ですね。そのくらいのイメージじゃないかなと思います。それでだいたい2週間くらい過ぎますと、ほとんどの病気は安定した時期に入りまして、その後は、まあ看護婦さんも一日一回くらい来てくれればだいたい落ち着くような状態になります。
それでそのような施設ではですね、やはり安全性の重視というのが一番大事な観点になります。なぜかといいますと、患者様の状態把握、例えば血圧とか体温とか脈、尿量、便の状態、顔色その他色々ありますけども…いわゆる健康状態ですね。今その患者さんは元気なのかどうかというふうな、痛がってないかとか不安がってないかということをですね、きちっと把握できるようなことがこの急性期の施設では必要になってきます。
もちろん、明るさは明るいほうがいいですし、モニターの音なんかもきちんとケアスタッフに伝わるような音で、明確な音が欲しいですし、あとコールにしてもですね、患者さんがちょっと状態がおかしいときに押す、ナースコールってありますけどあれもですね、ナースステーションではきっちり、音が聞こえるような。そういったことが必要になってくると思います。またあと、動線に関してもですね、治療とか処置、それがしやすいという。例えば、病棟に入院している急性期の患者さんが、突然血を吐いてしまったと。すると、お医者さんも看護婦さんもだーっと駆けつけなきゃいけない。みんな駆けて行っても、そこでぶつからないように。それで、例えばそこに処置台を持っていきます。例えばいろんな消毒セットが入っていたりですね、メスなんかをおいた処置台をバーッと持っていきますし、場合によっては、胃カメラなんかをそちらのところまで持っていくと。あとはベッドをダッシュで手術室に運ばなきゃいけない場合もありますし。そういう場合はですね、ある程度の廊下幅も必要になってきます。そういうふうなことを考えますと、急性期の施設っていうのは極めて、療養環境にはあまり良くない、つまり安心して暮らすことと相反する要素をたくさん備えなくちゃいけない施設になってきます。どちらかというとあの工事現場的な、こんなこと言うとおかしいですけど、そんな安全第一と、一人ひとりのスタッフが動きやすい環境が必要になってくるのかなと。そういうふうに思います。

次にですね、亜急性期の状態、つまりリハビリですね、リハビリを中心に行う病院施設になりますと、これはだいたい2ヶ月から3ヶ月、というのがその期間になります。おおむね3ヶ月くらいが今の中では期間なんじゃないかなあと思います。代表的な疾患としてはですね、脳梗塞の後遺症、大腿骨の頚部骨折、交通事故…いろんな疾患がありますけど、後遺症ですね、後遺症を伴うような疾患、そういうものがこのリハビリ施設に適する疾患になります。もちろん、心臓の手術をしたあとですね、急性期の治療が終わった、そのあと心臓のリハビリテーションをするという意味での、内蔵系のリハビリ施設もありますけれども、あまり一般的な病院のイメージとはクロスしないのかなというふうに印象を持っています。
期間的には3ヶ月いますので、できるだけ生活環境に近い、我々が生活している場所に近いような、そういうお部屋とか、雰囲気というふうなことが必要となってきますし、やはりその場では(これはリハビリの基本的なコンセプトなんですけど)一人一人の方にやる気を起こさせるような環境ですね。やはり、やる気がなくなってしまうとどうしてもその患者さんというのはそこでリハビリがストップしてしまってどんどんどんどん、悪い方向へ悪い方向へと行ってしまいますので、やる気を起こさせるような雰囲気と、そしてプログラム。あともう一つはですね、一人ひとりに合った目標設定がそこでパーソナルにできるような施設の環境もしくは雰囲気が必要になってきます。
その次に行きますが、慢性期の医療になりますが慢性期の医療は長期の療養を要する疾患ですね。例えば癌のターミナルケア、だいたい6ヶ月をターミナルの時期としていますが、患者さんによってはですね、担癌状態で、2年3年と、まあ癌を持った状態でもですね、2年3年、元気で…まあ元気でと言うのはちょっと語弊がありますけども。まあ多少の痛み止めとか、麻薬なんかを使いながら、療養されている方もいます。皆さんの中でも、痴呆症、アルツハイマー病とかですね、お聞きになった方もいらっしゃるかと思いますけども、その他、いろいろ…最近ではですね、ひまん性レビー小体病も話題になっていますが、そういった様々な痴呆症があります。パーキンソン病もそうです。

もう一つはですね、今後注目しなくては行けないのは、精神疾患ですね。精神疾患も長期の療養を要する病気の一つです。いわゆる昔言ってました、分裂病ですね。今は統合失調症といいますけども、そういった疾患もですね、長期の療養を要する疾患の一つに分類されます。ここに関しては色々な、例えば統合失調症の人がこう…町をうろうろしちゃ困るとか、いろいろな話がありますけどもそうは言ってもですね、ひとりの人間としての尊重をしますと、ある程度の薬をきちっと服用するとかいったケアをそこに適用すれば、慢性期の医療の中で見ていける疾患なんだろうと。
あとはもう一つ代表的な疾患といえば神経難病ですね。皆さんの中で、聞いたことがある方もいらっしゃいますが、どんどんどんどん筋肉が萎縮してしまうご病気ですね。ALSというご病気がありますが、その病気はですね、最初はちょっとした、「手がちょっと使えない、しびれる」という感じなんですが、徐々に全身の筋肉が萎縮しまして、最終的には人工呼吸器をつけるかどうかという選択を迫られる場合があります。それで、人工呼吸器をつけちゃいますともう…その人の頭、脳神経系はクリアですので、呼吸状態が人工呼吸器でサポートされて10年くらい生きちゃうんですね。その間体はどんどん腐敗してきてしまいますので、最期にはかびのかけらの様な状態になってしまう。それが悲惨な病気があります。この辺はですね、日本人の中で皆さんの中で、どういう風な治療が適切なターミナルとして必要なのか、適切なのかという…医療陣以外で、ディスカッションしていく必要があると思うんです。どういうことか言いますと、その、人工呼吸器をつけていいのかと。つけてしまったら10年生きてしまうと。最期は悲惨だと。で、人工呼吸器を付けなければその場で…例えば半年か一年半くらいの間に亡くなってしまうんですけども。そういうふうな治療方針についても、慢性期の医療では非常に、難しいことがあって、一人一人の患者さんと相談しながらそういったことを今決めているのですが、本来ならもうちょっと、皆さんの中から意見をいただきながら、一つのコンセンサスをつくる必要があります。万が一、自分のお母さんがなってしまったとしたら、万が一自分がなってしまったらみたいな。そういう風な話を考えながら、議論をしていく必要がある疾患の一つです。
そういう場合はですね、一人一人に合った療養環境ができるだけ望ましいです。それは、言うまでもなく、自分の部屋。例えば自分の、家族ですね。例えば近くにワンちゃんがいたり。自分のかわいがっている猫がいたりとかですね。そういう風な環境が望ましいので、慢性期の治療においてもですね、こういったことを取り入れようとするトライアルが数多く行われております。

代表的な急性期の病院はこう…大きなビルで、ここに紹介しましたのは最近リニューアルしました、茨城県にある病院なのですが、昔に比べればずいぶんカーテンとか良くなりましたが、相変わらずこちらのほうに配管類がありましたりとか、ベッドも極めてシンプルなもので、移動が可能なようなベッドが置いてあります。まあちょっと家具調の色調もありますけども、無機的な要素の強い。カーテンなんかも無機的な感じのカーテンがあります。ただここの施設のちょっと良い所は、水戸市というのは緑の多い環境なもので、わりかし外の風景がちょっといいかなと。そういうふうなところが一つ救いになっているかと思います。それで、急性期の施設としてはこちらは…救命救急センターがあります。この中でもできるだけ機能、感覚などを使いまして工夫していますけども、それでもやはり…どちらかというと、無機的な感じのする施設ですね。まあこのICUの出口などに関しては完全に安全性重視ですね。扉がすぐ開けられて、ベッドをザッと搬入できる。そういった安全生重視の環境が見受けられます。
亜急性期の病院になりますと、いわゆるリハビリが中心の病院になりますので、中にこうした緑が置いてあったり、少しお家に近いような配慮がなされています。急性期の病院にこういう緑なんか置いときますと、ここをベッドを引っ掛けたり、バーッと、すぐ散らかってしまいますので、とんでもない状態になってしまうんですが。それから、皆さんが食事をする場所で療養のための入所施設すよね。

急性期医療センター 急性期病院棟入院施設<急性期施設>
介護老人保健施設
(在宅に帰るためのリハビリ施設)
<亜急性期施設>

ホテルの食堂みたいな雰囲気になっていたり、ベッド周りも少しこういった機能が…ついたてがあったり、ここにちょっと引き出しがあったりして、そこに私物を入れられたりとか。障子があったりして、日本的な環境を演出するように工夫されています。
あと、お風呂…ここのお風呂はわたしあまり感心しないのですが、一般的なお風呂はこういう状態で、手すりがあって、リハビリがしやすいようなお風呂があります。それから亜急性期の施設ですので、こういうところでリハビリですね、ストレッチをしたりとか。平行棒を歩く練習をしたり。時々周りに、スタッフが励ましやすいようにここに立ってたり、歩くのをサポートしたりですね。もしくは最近は、筋トレですね。パワーリハビリと申しまして、いわゆるトレーニングジムの様な、筋トレをする施設があります。まあパワーリハビリに関しては、色々問題があって…筋トレと捉えてしまうと、エライ先生からお叱りを受けちゃうんですけれども。実は、転倒防止転落防止の事故防止には、筋肉の量はあまり関係がないんですね。バランスのとれたしなやかなコンビネーションを作ることが大事なもので、そういった所からするとこういうものはどうなのかなーという気も少しします。

 後半に移らせてもらいたいと思います。後半は、一人の患者さんのご紹介になります。皆さんの中でこの患者さんを通して、慢性期のケアの環境はどんなものがいいのかというイメージを膨らませていただけたらなあと思い、ここでご紹介させていただきます。
この患者様は、病名は喉頭癌ですね。この首の所に、のどの奥のほうにできる癌です。平成12年の10月、都内の大学病院で喉頭全摘手術を受けています。ですので声は、ほとんど出ないで(掠れ声で)『おはようございます』。こんな感じの喋り方になるんですね。そんな、声帯がなくなっちゃうためです。そのあとですね、平成14年9月に肺に転移が出現しています。放射線療法や化学療法を徹底的にやりましたが、改善しないということで、その方は、この環境であれば、生まれ育った町に帰って、自分の友達なんかもいるその街で過ごしたいということで、お家に帰ってまいりました。そのときの処方は、痛み止めですね。麻薬を飲んだり…あとは頓服の麻薬ですね。抗痙攣剤、もしくは抗鬱剤を少し服用していたというふうな状態です。それで、翌年の5月22日に診察に伺いました。診察しました時、少し食事が摂れないと。便秘があって舌が乾燥してきたと。そして左の前胸部のあたりにですね、約10cm、この大きなボール状の膨らんだものがありまして…いわゆる、転移ですね。そちらの方に癌が移ってきてしまったというふうな状態です。それで、おなかの方も診ましたが特におなかは腫れていませんで、おなかの症状は特にありませんでしたので点滴を少し行いました。
それで、二日くらいして奥様の方から「便が出たー」という連絡があって「良かったねー」なんて言ってほっとしたのですが、次に5月28日、朝の5時30分くらいに息が苦しいということでダッシュで往診に向かいました。その時には呼吸状態がかなり悪かったもので、すぐに酸素を持ってきまして、ご自宅でもって酸素の投与を始めています。それで6月4日になりましたら、今度は奥様の方から尿量がすごく多いと。我々普通の人は1日で1500ccくらい出るのですが、この方は4000cc以上出てしまいまして、血液検査で、ナトリウム値…いわゆる、食塩の成分ですね。それが普通は140メックくらいあるのに112メックまで下がってしまったと。急に体中からナトリウムが出てしまって…よくがんの末期にはあるのですが、ADHホルモンが異常に分泌されてしまう。ホルモン異常症が考えられました。ただこの方はあまりお薬を使うことを好まなかった為に、まあ梅干しが好物だったので、梅干しを朝昼晩二粒づつ食べて、みたいな形でやりましたら、かなりナトリウムが上昇してきて、まあ事無きを得たかなとほっとしました。
また…6月7日になりましたら、今度はおなかが痛いということで、夜の9時頃に往診に向かっています。そうしました所おなかが張って、かなり苦しいという事で…少し熱もあると。その時超音波を持ってきたのですがそれで診ました所、少しおなかに水が溜まってきていました。そのため少し利尿剤…お水を体の外に出すような治療を始めています。そして…痛みがかなりこの時出ましたので、24時間のモルヒネを使いましょうという事で、点滴でモルヒネ製剤を使いました。患者様も奥様も少しやってみましょうという事で、お話ししまして治療が始まっています。熱が少しありましたけども、気管支炎とかそういう症状がありませんでしたので、腫瘍熱、つまり癌から熱物質が出て少し熱が出てしまう状態でしょうという事で説明をしました。食事に関しては、奥さんの手料理がすごく好きだったもので、そのまま食べて下さいという事で説明させていただきました。
次の日になると、やはり、痛みは取れるんですけども24時間の投与は辛いので、モルヒネのテープ剤を使っています。
6月14日になりますと、丁度…丑三つ時ですね。夜の2時30分に、夜中ですけども…熱と痛みが出たという事でトコトコ往診に向かいました。それで…今回は、左の下腹部ですね。お腹の下の方です。そちらの方に、少し手で押すと痛みがありました。この時は本人ずっと不安で眠れなかったことも影響しますので、軽い点滴に、軽い鎮静鎮痛剤を…、少し受けていただきました。でもまぁ30分くらいそのくらいしますと少し痛みも取れたので、わたしもトコトコお家へ帰りました。
そうこうするうちに、大学病院の方から紹介状をいただきました。皆さん紹介状とか目にする機会が無いと思いますので簡単に紹介させていただきます。その紹介状のお返事ですね。「このたびはご紹介いただきありがとうございます。患者さんは便秘に悩んでおりますが他は比較的元気で過ごされております。時々アルコールを楽しまれており特に入浴を毎日楽しみにしております。一時期息苦しさを訴えていたため、在宅酸素の導入を行いましたが現在は慣れてきています。今後当院でフォローはさせていただきますが、何かありました場合はご相談させていただきたく存じます。」……ということで、大学病院の先生に、これわたしが簡単に書いたお手紙ですのであまり参考にならないと思いますけれども、そんな状態です。
6月21日になりますと、食事がとれなくなってきました。で、食事が摂れなくなってくると、やはりだんだん飢餓感がでてきたり、かなり苦しくなったり不安状態になりますので、ご家族に点滴の治療についてご説明しました。点滴はですね、手からやる点滴と、肩から点滴を入れて心臓の近くにカテーテルを入れる二つの治療法があるのですが、両方とも説明しました。少し点滴を受けてみようかな、ということもありましたが、頑張って食べてみるということになり、その場は、もう少し食事で頑張りましょうということになりました。
それで、29日にまた痛みが出てきました。これは、先程お話ししました左の前胸部の転移の方に痛みが出てきております。この方は点滴は少し辛いというお話がありましたので、肩に、筋肉注射でもって投与する合成麻薬を注射しております。それで、15分くらいしたら、痛みがなくなってきたということで、わたしはお家へ帰ったという状態ですね。7月2日になりまして、先ほどの左の前胸部の転移がまた痛みだしたということで、よく観察してみましたら、第8番目と第9番目の肋骨に沿った所に痛みがあったんですね。それでもって、ちょっと専門的になりすぎてしまって申し訳ないんですけど、肋間神経という神経に対してブロック注射を試行しました。本人あまり話す力が無かったもので、ご家族に了承をもらってしましたが、数分しますと、肋間神経ブロックはあっという間に効きますので、1、2分しまして、本人が「痛み無くなったよー」と言いましたので、それでまた帰れた憶えがあります。

 
訪問看護への出発  
医師の診断 看護師によるリハビリ

その後、モルヒネ系のシロップ剤とかを飲みながらやっていましたが、7月16日に、ここで痔の痛みが出てきてしまいまして、これは肛門の所が腫れちゃう病気なのですが、がんの場合静脈系にうっ血が起こりますので至る所に静脈瘤のようなものができますが、この方の場合は肛門部が腫れてしまってそれで痛くなってしまいました。この場合は軟膏で事なきを得ております。そのあとにですね、神経ブロックは、7月5日と、27日、それぞれ夜と朝に二回づつやっております。 
いよいよ、7月16日になりまして本格的に食事が摂れなくなり、ご家族から中心静脈ラインを入れて下さいというお話になって、かなり脱水もひどかったもので準備して、診察にかかりましたら、ご本人の方から、いや、もうちょっと待ってくれないか、という事で…普通の末梢の点滴をして、その場は帰りました。それで今度は経口で飲める栄養剤の方を処方して飲んでいただきました。
今度は7月の27日、結構暑くなってきたのですが、その頃、元気がなくなってしまったという事で往診しました。脈が弱くなり、お名前を呼んでもお返事ができない状態でかなり衰弱が激しい状態でした。その場合はもう本当に、治療しないと命がその場でなくなってしまうという事でしたので、中心静脈ラインというのを…これは肩からとるんですね、通常的には。そうすると、両手は使えますし、例えばお風呂にも入れますし、アルコールも飲めますし、日常生活はそんなに変わりません。例えば、途中で暴れて抜けちゃったとしても、少しの間ティッシュペーパーか何かで圧迫しておけば血が止まるという事で、そんなに心配するものじゃないんだという説明を行い、そのラインを入れています。だいたい1、2分で中心静脈カテーテルの挿入はできますので、また局所麻酔も使いますので、そんなに痛くない治療なんですね。入れてみてご家族は、こんなに簡単だったんだ、それならもっと早くやれば良かったという話をして下さいましたけれども…そのような感じで、ご家族は少し不安げでしたけれども、元気になるよーということで説明してこの日は帰りました。口からものがほとんど食べられない状態で、モルヒネも24時間、シリンジポンプから1時間に1ccづつ入る形で点滴させていただきました。
8月4日に、夜が眠れないという事でお話がありまして、その時は軽い風邪薬のようなものを投与して、少し眠れたかなーという話でしたが、かなりその後、眠れなくて苦しいという事で、セレネースというお薬を使いました。そのお薬を使うとほとんど寝た状態になってしまうんですね。寝る時間が多くなってしまいますという事をご家族にお話ししまして、やむを得ないかな、という事でそのお薬を使い始めました。
8月16日になりましたらもう、この時は、腫瘍の部分の皮膚が破れて、そちらから出血がありました。かなり…200ccくらい出ましたでしょうか。一部腫瘍が解けてしまって皮膚の外に顔を出してしまった状態でした。止血剤とカーゼで保護をして、その場合は事なきを得たということでした。それで17日ですけれども、状態がかなり悪くなってきています。脈が弱くなって、ほとんど力がなくなってきていると。そういう状態で…その日は、もうこれ以上の治療はやめましょうとお話しし、自然に診させていただきました。20日の15時24分に、ご家族が、奥さんやお母さんが看取りながら、最期亡くなられました。

私どもこういう患者さんを診させていただくのが慢性期のケアなんですけれども、急性期と、亜急性期のリハビリ、そして我々のやっている在宅の慢性期のケアという3つが力を合わせながら、地域の中で皆さんが安心して暮らせるコミュニティーをつくり、「病気になっても大丈夫なんだよ」というような、まあもちろん亡くなっちゃう方もいらっしゃるのですが、それはそれで…お天道様が決めた問題ですのであまり反対はできないんですけども、安心して暮らしていただきたいなということを考えています。
今回協力して下さった病院として、独立行政法人の国立病院機構の水戸医療センターですね、筧先生はそれこそよくご指導して下さっている病院なのですが、それからリハビリの施設として、老人保健施設を選ばせていただきました。
簡単ではございますがこれで、現場の医師がどういう風な形で患者さんを診させていただいているかという、気持ちがどんなふうな形で入っていったり、ご家族とどういう風に関わっているのかというご紹介も含めてご説明させていただきました。ご清聴ありがとうございます。

横尾 本当に現場の、厳しい状況を具体的に解説して頂きありがとうございます。この会場にも、すぐ身近にそういう体験をなさった方もいらっしゃると思います。
私も自分の子供が、生後一週間目に心臓を手術しました。小児ICU、小児病棟、その先生方の大変さと、その環境の問題などに対して、美術をやっているわたしに何ができるかと本当に悩みました。今、本当に照沼先生もそういう意味で、こういう患者さんに何ができるか、自分一人の力じゃできない、もっといろいろな人と協力したい、というお考えをお持ちなんです。それで美術の私たちと、というふうに今お考えですので、その事を含み置きいただいて、先生のお話を理解いただけると嬉しいかと思います。
今、本当にここ2?30年くらい、病院は変わりつつあります。多分この中にも様々な形で、病院のアメニティとか、計画自体に建築家の方々とコラボレーションなさっている美術家も多いと思います。また病院施設設計計画時に美術の導入を仕事として活動されている方達もお見えになってると思うんです。
ところで、小児病棟、老人医療、内科、外科、ICU…なんだか部分的に関わっても、全体像はなかなか私達つかめないんですね。そこら辺が多分、私たちが戸惑って、医療の方達ともっと密接にできない事を生んでいるような気もするんですね。ただ、そういう医療制度の違いっていうのはアメリカもヨーロッパも全然違うんです。きっとシャルルさんの方からディスカッションになった時に、フランスの実情なども少しお話いただけると嬉しいなと思ってますし、その中で、大学病院の場合と、今の在宅の場合と、美術の関わり方のありようを照沼先生なりに、こうあったらいいな、といいうお考えがおありだと思いますので、少し聞けたらいいなと思っています。実は今日お客様の中に、介護師育成の専門学校の方で、美術の授業を取り入れたい、人間を介護するという時に、人間がずっとやっていた、美術というものをもっと活用できるのでは、その力を借りたいとお考えの団体の方もいらっしゃっておりますので、面白い展開もできるかと思っています。

 国立保健医療科学院におります筧と申します。今日はお時間をいただいて、少し医療施設における物的環境とは?という事で、今日何を話そうかなと思って、正直言って悩みました。私は大学の建築学科を卒業しまして、ご紹介では建築家となってたのですが、デザインセンスが無いという事で諦めて、研究の方に行きましたから、こういう芸術とはという事を語る所で喋る自信は全くないので、今まで色々見てきたものを、沢山見ていただくのが一番いいんじゃないかなと思いまして、見ていただきたいというふうに思います。
私が主にやってるのは、建築の計画の分野をやっていたり、具体的に建物を造る事って言うのはあまりやらないんですが、インテリアに絡んだ研究をしたりですとか、そういうようなことをやっております。それで、芸術って言うのがその中でどういう位置づけにあるのかっていうことが私にはまだ全然整理できていないんですけれども、例えば病院の中でも、このように色々素人が描いたような絵を…まあ素人というか地域のボランティアで描いていただいたような絵を飾ったりとか、こういうのを並べたりとかですね、あっ、もしもご関係の方がいたら許して下さいね。中庭にこういうものを並べたりとかですね、ディズニーのアイテムがあったりですとかね、こういうのはよくあるんですね。大変よくあるんですがどうも僕個人的には、なんか馴染まないなと。くっついたという感じがして、環境全体として、ぴったりいってるなーしっくりいってるなーという感じがしないのが正直な所な訳です。
それで、病院建築の特異性っていうのがありまして、他の一般公共建築物と比べて何が違うのか、例えば学校だとか、オフィスであるとか図書館であるとか。そういうものと何が違うのかと言うとですね、まず最初には、その温かさと冷たさっていうのがあるんですね。冷たさって言うのは少し表現が良くないかもしれないですけれども、例えば、よく最近サービスとかいって医療で、ホテルとホスピタルが語源が似ているとかですね、色んなことを言うんですけれども、客商売って言う事で考えた時にですね、お客さんを対象に、針を刺すとか切り刻むとか苦痛を与えるとか精神的にストレスを与えるとかですね、泣かせるとか、こんな事は絶対にしないんですね、サービス業においては。でもこれは医学という学問を背景として、そのプロセスを経た後に、もともとの疾患がよくなるとか、その苦痛が軽減できるとかいうような事があるから許される訳で、非常に辛い施設な訳ですね。その一方で、辛いだけじゃたまらない訳で、どっかに温かさを空間として演出をしなくてはいけない。サービスとして提供しなくてはいけない。このバランスをきちっと取らないと、時として非常に冷たい建物になってしまうし一方で、温かいばかりで本当に医療やってるの?という病院も出てくる訳ですね。
それから診療機器と建築という意味では様々な診療機器があって、その診療機器がきちっと性能を果たすための空間を作らなくてはいけない。例えば脳波の検査なんて一つとっても、患者さんに余計な刺激を与えちゃいけませんから音の刺激光の刺激を全部遮断するような環境を作らなきゃいけないと。そういうのは一つ一つの部屋ごとにルールが決まっている訳です。
それから活動時間帯という事に関しては一年365日、病棟だけは動いていますけれども、一方で外来というのは一日の三分の一の時間しか使わない。ですからそういう所に病院全体としてエネルギーを供給するとか、人の流れ人の出入りをコントロールするとかいった意味で、非常に部門ごとに活動時間帯が全く違う。これも病院建築の一つの特徴ですね。
4点目には小空間の集合体というのがあります。言い方を変えると小組織の集合体です。病院の中には様々なライセンスをもった方が沢山いて、自分たちの学問的背景、やり方、手法といったものをベースにして、こうじゃなきゃいけない!という事をおっしゃる訳です。例えば一番大きい組織で看護部、看護師さんたちの集まりがありますけれども、それだって病棟ごとにやってる内容は全然違う訳ですし、栄養課、厨房ですね。それから、放射線技師、生理検査、検体検査、中央材料…もう一つ一つ挙げて、全部やってる中身が違って、こういう風にやらなきゃいけないんだという事があって、それを全部きちっとした空間として満たさなきゃいけない、バランスを取ってそれを組み立てていかなきゃいけないということですね。
それから、安全性です。医療施設は大変高い安全性が求められます。例えば、一般に世の中に普通に火災が起きていますよね。住宅で火災でお亡くなりになる方のリスクと、医療施設・福祉施設を含めてお亡くなりになる方のリスクを考えたならば、医療施設は遥かに、十分の一以上安全なんです。だけれども、ひとたび火災が起きるとですね、これはもう間違いなく社会的には、新聞のトップ記事へのぼるぐらいに騒がれる訳です。ですから、医療施設は事故なんか起こさない、安全なものだというふうに思われている訳ですからより安全なものを求められますし、プラス、医療施設の中に医療施設としての独自の安全性の問題、それは、最近よく話題になっている医療事故ですね。医療事故の問題に対してもきちっとした安全性を確保しなければいけない。
それから、もう一つは、設備の高度化、これは例えばこういうような照明であったり、電気であったり、それから空調であったり水であったりする、一つ一つのこういった設備が、「この蛇口から出る水は非常にきれいなものでなければいけない」「この排水溝から出ていく水はきちんと処理をしなければいけない」とか、一つ一つ決まってくる訳ですね。大変設備が高度化していく訳です。それに情報システム、最近は電子カルテとかいうような事がいわれるようになりまして、それから画像なんかも電子情報を扱うようになってきて、かなり医療施設の中も電子化が進んで参りました。
そう考えると、建築というのは、特に病院建築というのはですね、アートという側面が当然あるわけなんですが、一方でサイエンスという側面もあるわけですね。私なんかが常にやっているのはどちらかというとサイエンスの方の建築、病院建築をやっています。どうやったら機能を満たす事ができるか、いわば機能重視的な話になる訳です。もともと日本の建築の成り立ちは明治の初期に東大の工学部の中に、造家学科という位置づけで工学部の中からスタートしてしまいましたから、サイエンスという非常に特殊な部分に入っているんですが、本当はやっぱり建築というのはアートだという考え方も当然ある訳で、そこのバランスがなかなかとれていないというのが、日本の病院建築の非常に大きな実情だと思います。
これは先ほど照沼先生が細かくお話をして下さいましたので簡単に飛ばしましたけれども、急性期から亜急性期、慢性期というような医療の流れの中で、このように非常に様々なメニューがあります。
それで例えば救急から始まってICU、HCU、回復期リハビリテーションですとか、それから特殊疾患療養病棟などという様な、非常に長期にわたって入院する病棟もありますし、小児に関しては、まあ当然一般病棟はここに書いてありませんが、NICUといって、生まれたばかりの未熟児の患者さんを対象として、ケアを行う様なユニットもあれば、これカッコ書きで書いてあるのですが、今まだ日本ではここが落ちているんですけれども、NICUの後のポストNICUの扱いが、きちっと整理できていない。特にNICUの中に、もうそこにはいるべきではない、いるべきではないっていう言い方はおかしいかもしれませんが、もう、中には5歳くらいの子供もいるんですよね。主として呼吸管理をやっている様な患者さんなんですけれども、そういった方がNICUのベットを塞いでいるなんていう問題もあって、ポストNICUの施設をどうするかという、これは非常にこれからの大きな問題になると思いますね。
それから精神科に関しても、精神科は亜急性期の病院から始まりまして、一方の対極に、精神療養病棟であるとか、なぜかこれは日本の特徴なんですけれども、痴呆のお年寄りを精神病院で見ているという、こんな国はそうない、非常に珍しい国なんです。これがいい事か悪い事かっていう議論も本当はあるんですけれども、一方で、精神病院は今全国に35万床ありますけれども、そのうち、使っているベッドが32万人入院していて、そしてそのうち7万2千人はすぐにでも社会的整備が完備できれば退院できるだろうというふうに言っています。これから10年間かけて社会的整備をして、7万2千人を社会へ復帰させると言うような事になってくると、32万のうちの7万2千が無くなる訳ですから、24万8千という事でですね、またここら辺で病棟の再編とか機能の再編という事がおき始める訳ですね。ちなみに、これ日本中の病院全部合わせて、今から10年前には1万病院ありました。1万96の病院がありました。そのうち千病院が精神病院ですから、感覚的に言って9千病院が一般医療をやっている病院だと理解して下さい。それが現在、一般病院は、8千くらいまで減りました。つまり、千病院がこの10年間で日本中から無くなったんです。1/9が無くなりました。一方で、病床数はと言うと、病床数は全く減っていません。ですから一つの病院が規模がどんどん大きくなってきているという様な傾向があります。

えーと、この写真を撮りたくて実は一ヶ月前にロンドンへ行ってきました。どうしてもこの写真が欲しかったのですが、こちらにビッグベンがあります。これ、ご存知ですか?ロンドンアイという観覧車ですね。ここに乗るとですね、ここにビッグベン、国会議事堂があってテムズ川があって、この向かい側にあるのがですね、セント・トーマス・ホスピタルという、1950年代にフローレンス・ナイチンゲールがクリミア戦争からロンドンに戻ってきて、その後彼女が勤めて建てた病棟がここに残っているんです。現在。今でも。この後ろの方に3病棟あります。今から130年くらい前に建てた建物です。これがナイチンゲール病棟と呼ばれる建物でして、フローレンス・ナイチンゲールは1950年代に「病院覚え書」「看護覚え書」という本を書きまして、患者さんの治癒力を邪魔しないように環境を作るべきだという事を言ったんです。当時は環境が非常に悪かったのですけれども、しかし今でも、その原則というのはかなり生きていて、いかに患者さんの治癒力というものを支えていく環境を作っていくか、というような事が、環境づくりの中の大原則だろうなというふうに思っています。

さてここら辺から、色々な病院を見ていただきます。これ世界に一つ、世界遺産の病院で、今現在使っている建物です。スペインのバルセロナにあるサン・パウ病院と言う世界遺産の病院で、これはサクラダファミリアという教会を設計したガウディと同じ時代に生きた建築家が造った建物ですね。そういうような古い建物なんていうとですね、例えばこれなんかボストンにある病院ですけれども、ここの低層部分が、古い、良い建物なんだそうです。ボストンでは。メモリアルな建物で。ホントに建築として良いかなって言うのが疑問なんですけども、これを残すがために、新しい建物を建てる時にこの表面一枚だけ残してですね、裏側にぴたっとくっつけて一体として建物を残したんですね。そのためにとんでもないお金がかかりました。それからこれもボストンなんですけれどもこの街は古くからの街並みで、こういうバルコニーみたいなものをちょこっと出す様な建築様式というのが残っているんですが、そういったものを新しい建物の中に入れこんだ、「ブリカム・アンド・ウィメンズ・ホスピタル」という建物です。
一方でこれ日本ですね。最近日本の大規模な病院では外来患者さんを外へ出してしまおうという動きがあります。つまり自分のとこの病院の外来患者を沢山抱えるんじゃなくて、もう外に道路一本離れた、離れたって言ってどれくらい離れているかと言いますと、今この写真を撮っているのがこの病院の屋上なんです。ですから、対角線に離れた向かい側にクリニックを建てて、これ全部クリニックです。上から下まで。一つの診療所です。ようは一般の外来が全部外に出ている訳ですから、色んな診療所が全部入っている訳ですね。というような、診療所オフィスを造るなんていう動きもあります。
一方で、また今度違う話ですけれども、テキサスへ飛びますと、テキサスのメディカルセンターというものがあります。これはとんでもない施設でして、ここに何か絵が描いてありますけど、これ全部病院と医療系の大学なんですよね。病院の数が10近くあるんです。このテキサスメディカルセンター、この敷地の中には、毎日10万人が押し寄せてきて、5万人が働いているというとんでもない地域なんですけれども、確か初めて心臓移植をやったのがここですよね。照沼先生がそうだとおっしゃってます。そんなとんでもない施設がありますが、そうすると今度はこんなとんでもないのができるんですね。これは超高層ビルですけれども、ペイっていう建築家が作った、ビルですが、これ全部上から下まで診療所です。ドクダーズオフィスと言って、この中に一つ一つのクリニックがダーーーッと山のように入っています。
それからある病院の玄関へいきますと、患者の車がアプローチしますとボーイがやってきて、あのー、高いホテルいくと台車もってきて荷物受け取ってくれるじゃないですか、あれと同じです。台車で入院患者さんの荷物受け取って、いらっしゃいませと言ってこのカウンターに来るんですね。ここのカウンターで、今日は入院ですね?とか言いながら入院の受付をして、裏側にあるロビーへ出てきてそこから病院へ入っていくと言う、完全にホテルな訳ですね。 
一方でフランスへ飛びます。あ、フランスの方が今日いらっしゃいましたね。フランスのパリの中にある小児病院ですが、象さんが歩いています。象さんが歩いている所をずーっと歩いてくるとこんな弧を描いた廊下がありまして、そこに内部空間として、なんと公園がある。そこで例えば入院している子供たちのお見舞いにきている兄弟なんかがこういう所で遊んで時間をつぶす事ができると。これ本当の木ですからね。とても高さのある空間です。階段を下りていったり、ベンチがあって、ちょっとこういう所で時間をつぶしたりなんかができると。
一方で日本の病院はどうかと。日本の外来というものをイメージすると、いわゆるすっごく大きい大空間がある訳ですけれども、今ですね、だいぶ病院の運営システムが変わってきまして、ご存知だと思いますが、例えば予約をしないと診てもらえないだとか、お医者さんがコンピューターを使っているとかいうような事があると、ここには入退院受付から始まって会計・再診・初診・お薬、これらの待ち合いの空間が今ここの写真に写っている椅子すべてでカバーされるくらいの非常に効率の良い、いつまでもカウンターの前で待っているという事が無いというような空間の構成に最近少しづつ変わりつつあります。
そうなってくると、今度は病院全体の中で15?17%くらいを占めていた外来部門の面積、そのかなりの部分が待ち合い空間という所が取ってたんですが、そういう所を違う目的に使う事ができるようになってくる。そこでこちらの病院は、全くの待ち合いとはちょっと違う、町並みを少し演出するような空間を作って、「待つ」というのではなくて、違う「佇む」みたいな空間演出してくるような事ができるようになってきています。病院の中にこういったショッピングモールを作ったりとかですね、これは…「つるや」と書いてありますが、熊本の方の大きなデパートですね。デパートが店を出すと。それでちょっと写真に写っていませんが向こう側の方にいくと今度はレストランがあったりとか、病院の外来の目の前ですよ。建物は一体ですからね。ここは病院の事務がここに入っていますから、一つの建物の中にこういうものが演出されるようになっています。
これは日本で、先程のテキサスメディカルセンターでもご紹介したように、大きな病院で、このように受付の…出迎えるポーター的な役割の女性が玄関に立って、ぱっと患者の車がやってくると、これは!というのをぱっと見分けて車椅子をさっともってきて、「そうぞ、お荷物受け取ります、」と言って、そのためにこのすぐ脇の所には車椅子置き場だとかストレッチャー置き場だとか用意してある。というふうなサービスをやっている病院があるんですね。その病院の中に入っていくとこれはアトリウムみたいになっているんですけれども、1/fゆらぎで、風が、この後ろからずーっと流れてきてこの布が何となくそよいで、この竹が『さやさやさや』っと揺らいで、足下には水が流れていて、という様な空間が演出されていて、この中には、コーヒーショップがあって非常においしいコーヒーが飲めるとか、そういう空間も外来の一角に。で、外来患者だけではなくて入院患者さんも来れるような位置にある。一方でこう、温室のようなものを作ったりとか。そういうものも、病院の中の、計画としてあります。そして少し、まあある程度インテリアの質として高いなあというような雰囲気の空間を作ってみたりとか。

 一方で外来に、様々な椅子があって、いつまでも待たされるということがありますよね。外来を待つという時に椅子ってのは大切なんですけれども、その椅子も様々な提案がされる訳なんですね。椅子一つとっても患者さんにとってはすごく問題なんですね。外来の椅子ってのはなぜか、同じ規格の椅子がずらっと並べてあるんですけれども、それも下手に事務の人が、デザインのセンスがあるんだなんて勘違いしてちょっと変わった様な椅子を置いてみたりとかですね、そうなってくるとますます悲劇で、例えば、ちゃんと座れない、特にですね、外来に来てるおばあちゃんの足は短いですから、端座位がとれない。深く腰掛けたりなんかするとかかとも全部上がる。もっとひどいのはつま先まで届かないとかですね。そういう状態になる訳ですね。だから外来で患者さんの座っている様子をよく見ると、非常に不自然な格好で座っている。
また、これちょっとよく見ていただくとですね、やっぱりこうちょっと疲れている時にハイバックの椅子が欲しいですとか、手をかけるところ、座席が一つ一つ仕切ってあるものと仕切っていないものとかありますよね。それから座面が高いもの低いものというのがあります。やはりそれぞれの目的があって、よくお年寄りなんかは、座面が高い方が立ちやすいとか、それから整形の患者さんで、腰がやられている患者さんですね、低い所に腰掛けられない時は、丁度このテーブルくらいの所にクッションかなにかを当てて腰を掛ける様な形で座るとかですね。様々なことがあります。それで、もしかしたら『お年寄りは』、と言うような決めつけ方すらも実は僕は問題じゃないかなと思っていて、やはり同じものを並べるんじゃなくて色んなものがあってそこから患者さんが、自分が良いものを選ぶということができる、というのが、まあユニバーサルデザインなんかでもよくそんな議論がされますけれども、そういったことに近いことが、やはり病院の外来の椅子一つを取ってでも考える性能として、機能として出てくる訳ですね。まあ日本の病院の外来もですね、例えばこんなふうに…新しく出来上がった県立の病院ですが、ピアノが置かれていたりとかですね、かなり派手な色使いをしたりですとかね、そういうことも少しづつやるようになっていますね。
一方で外来から今度は病棟へ行ってみると、実はこれ葉山なんですけれど、葉山へ行って、海沿いの道を走ると、この病院すぐ分かります。御用邸の斜め前です。それで、これめちゃくちゃ有名な病院で、プロジェクトXという番組で、神の手をもつ医師というのをやった病院ですね。それで、全ての病室がこの葉山の海を向いている。山の方を向いた病室は一個もないんです。こんなふうにして、食堂もそうですし、なんだかお金の高そうな個室もそうですし、みんなそうなんです。
ちょっとその病棟という話でいくと、例えばこういうリビングがありますよね。でなんかソファーがあったり、テレビが置いてあったり、なんていうことはない普通の病院の病棟のリビング、というか普通の住宅のリビングのように見えますが、これはイギリスの、触法精神障害者の方の施設です。つまり、犯罪を犯して、ハイセキュアユニットっていうのはかなり重症のレベルの高い犯罪なんですけれど、これはミディアムセキュアユニットと言ってですね、それでもだいたい殺人クラスの患者さんが入ります。精神障害があり、なおかつ人格障害的なことで治療の可能性のあるということで入るわけですけれども、その方達の施設。なんか、日本の住宅よりいいなあというような、きちっとした環境が作られているんですね。実はこういった環境が作れるかどうかっていうのは、治療のテクニックと非常に密接に関係していて、テクニックのレベルが低いと、あとは怖いから閉じ込めておくだけ、ってことになるわけですよね。それを閉じ込めないで出すことができるっていうのは、治療のテクニックに自信があるということです。物的な環境っていうのは実は一方的にものを作るだけじゃなくてそこで提供しているサービスの質ってものともかなり関係してくるなっていうふうに思います。
それから、また日本に戻って、日本ではやはり最近病棟でコンピューターを沢山使うようになりました。コンピューター使うようになったのですがやはり建築的にまだ解けていないんですね。こうやってラップトップをワゴンに乗っけて病院へ行ったりするんですけど、やはり電源が必要ですからね。充電するためにナースステーションへ行くとこんな小汚い格好になるわけですよね。これもう少しきれいにしようよとかですね。一方でちょっと面白い現象が起きていて、これらのパソコンに向かって、ナースステーションの中で入力を始めるとみんな背中向けになるんですよ。カウンターがだいたい壁向いていますからね。そうすると、みんな夕方ぐらいになるとカタカタカタっと背を向けながら作業しているんですね。これもなんだか本当にいいのかなっていう、人と人とのコミュニケーションとか、記録なんて時に、みんな背を向けていていいのかなっていう、ちょっと気になる所なんですね。

さて今度は手術の所、手術に参ります。アメリカはやたら手術が多いんですね。それもちょっと色んな理由で手術が多いんですが、外来でやる手術が多いです。手術をやる日の朝、外来患者さんがやってきて、それで「ハイ、切りまーす」って言って切って、外来手術のオペ室が30くらいある病院なんですけれども、そこで日本みたいに一つの手術室で一日に2回とか、そんなぬるいことしないんですね。6回とか7回とか10回くらい、一つの手術室で切るんですよ。それでそのためにはタイムスケジュールをきちっと管理しなくてはいけませんから、ここに全部細かーく「いつ何時に麻酔がかかって、いつ何時にオペ室に入っていつ何時に執刀開始して」って全部出るわけです。それでこれバー・チャートで縦軸が全部オペ室ですから、順番にずっと表示して、それを今度はこういう液晶プロジェクターで手術部の壁に表示して「今ここの手術室では何が行われているのか!」っていうのをリアルタイムで表示をすると。
でその一方で、今度はロボット手術ですね。ロボット手術と言うけどあれ本当はマジックハンド手術なんですね。ロボットが勝手に手術するんじゃないですよ。マジックハンドみたいなもので細かい所を切るわけです。それでその画像が今ここにありますけれどここに肘かなんか乗っけてここにグリップを握って、ここら辺に目を付けて、頭を付けてのぞきながらマジックハンドでやるわけです。実際の手術する機械は今半分しか見えていませんけど、何でそんなことするかっていうと、何でだと思います?術部が細かくてそういうことしないとできないとか、そういう話じゃないんですよ。小さく切ると早く退院してくれるからですね。アメリカの医療費というのは定額制で「この病気ならいくら」というのが決まっているから、何日間も長く入院されると、費用がかかっていって病院の儲けが少なくなるわけですよ。ちっちゃく切ってすぐに治してハイッとやると病院の儲けが大きくなるわけです。ということでこのロボット手術やったりするわけですねー。
一方で、そういう非人間的なアメリカの手術の横で、こではフィンランドですけれどフィンランドの手術室、ここら辺にガラスブロックがあって、その裏にいくとフィンランド人はコーヒー飲んでますからね、コーヒー飲んで、ラウンジで、多分照沼先生なんかこれ見ると、「こんなゴージャスな空間はなかったぞ」って思うかもしれないんですけれど、日本の手術部門のスタッフのエリアってのは実に窓もなくて狭くて汚い所でですね、こんなきれいな所なかなかないんですが、非常にこうスタッフのアメニティというんでしょうか、これ手術室の中にも窓があります。やっぱりこう、手術中に目を休めるとかいうような事があったりということで外が覗けるような手術室、働いている人間の環境を大切にしようってこともありますね。例えばICUとか。ICUも窓がありますね。これはCCUです。心臓系のICUですけれども、CCUの中で、何となく分かります?これ照明が違うんですね。作業の時の蛍光灯と、やはり意識があって安らぐ時の白熱灯っていうのは、同じCCUの中でも使い分けをしているということですね。
それからビダールクリニックっていう、人智主義っていうんでしょうか。ある種の哲学に基づいた…これは村なんですけれど、この村の中にある病院です。とんでもなく変な形をしているんですが、ここでは、例えばがんの患者さんでも、音楽療法とかダンス療法とか、絵を描いたり、そういうことをやりながら、癒しを行っていくということがありますね。
一方で、そういうデザインに凝り始めると、アメリカの建築家が、これエジプトに建てた保健所、ヘルスセンターなんですが、エジプト、ピラミッド、って言ってそのままピラミッドの形にしちゃったっていう実に安易な建物でして、中はやはりこうなってしまって、大変使いづらいと。日本の病院の方も、芸術家を病院のプロジェクトに混ぜるとこんな事されるんじゃないかとおびえてるのかもしれないですけれどもね、何されるか分かんないって思ってますからね。建築家も何するか分からないんですけれども。
成育医療センターです。国立の成育医療センターで、子供専門の病院ですけれども、このような空間が、サインなんかでも子供に親しみやすい。それからこういった壁の飾りも全部子供が触ることができてそれから子供がこの木の間とかを覗き込むことができるとか色々な仕掛けをしていっていますよね。これなんかは救急の待ち合いですね。救急で運ばれた患者さんが診察をするまでの間待ち合いをする空間。またこれ子供なんかは、一人で運ばれる場合もありますけれども、兄弟がいたりなんかすると弟を連れてくる妹を連れてくるなんてことがあるんですね。その間待っててもらって遊ばせるとかいうことがありますよね。
これなんか最近プライバシーってことで、液晶に触ると患者さんの名前が出てくる。触らない限りは患者さんの名前が見えないとか、色んな工夫があります。一方で、きちんとした大人のデザインでやはり子供向け。これはある小児科の病院の外来の壁ですけれども、ちょっと面白いようなものが張ってあったりすると。それから床材もビニールのシートをうまくカットして、これ全部上に張っているというものではなくて表面を均一に仕上げているんですけれども、そういうのもあります。
また話は違いますが現代(ヒュンダイ)と言って、現代グループという、韓国にありますけど、そこは二千床の病院を持っているんですね。そうすると現代は色んなグループですからデパートとか持ってまして、そうするといきなり病院の売店がハイパーマーケットとかいってデパートになっちゃったりレストランが出来上がったり、職員食堂が、これ本当に職員食堂なの?っていうことになる訳ですね。
精神病院もやはりこういった、自然とのつながりっていうような事が、どれだけ意味を持つのか、どれだけ大切なのかっていうことをこれから考えていかなきゃいけないんじゃないかなというふうに思っています。

最後に一つだけお話ししておきたいと思っているのが、実はこれ聖路加国際病院です。昔の聖路加国際病院で、今は新しい建物に、今はと言っても十数年経っているからもう新しくないですけど、私は今まで見た中でこの建物が一番思い出に残っている建物です。ちょうど、学生の4年の時に、夜間の病棟の調査っていうのをやりまして、一晩中病棟に詰めているんです。あのー、夜の病棟っていうのがですね、しーんと静まり返った中に機械の音がピッ…ピッ…ピッ…とこう聞こえてきてですね、で、スタッフの走る音がパタパタパタパタッ、と聞こえる。患者さんのスリッパの音がスッスッスッス、と聞こえてくるとか、そういう、すごく静寂であり、一方で音はあるんです。でも機械的な、寂しい感じがするのですが、その夜が明けたとき、っていうのが実に感動的なんです。この話、僕は自分だけかなと思って看護師さんに聞くと、みんな看護師さんそう言います。夜勤明けた時の感動っていうのはあるって言うんですね。何せ患者さんを二人で見ていますから、『越えた』って思うんですね。今晩も越えたと。それプラス朝を迎えられた、無事朝を迎えられたっていう喜びがあるんです。
それで、この病院、昔の建物です。今から70年前くらいに建てられた建物ですが、ちょうどこの廊下は東の方を向いていてこれがナースステーションで、これは患者さんのリビングですよ。で、右側に行くと大部屋と言って、こんなのがあるんですね。一番大きい部屋で18人部屋っていうのがありました。でもこれすごく雰囲気良かったんですよ。今カーテンが閉まっていますけれどもずーっとカーテンが開いたりしますとね。それでこれが一番大きく見えるのが、これですね。今出っ張っている部分です。こんなふうに大部屋がある訳なんですが、これを東の方から見ると、ここが今先ほどの大部屋ですが、ここにチャペルがあります。
何が素晴らしかったかって言うとですね、私が夜調査を明けて終わったくらい、日が昇ってきますよね。朝6時半くらいに。そうするとこの、東側を向いた廊下の奥から、真っ正面から光が入ってくるんですね。スパーっときれいに入ってくる。あのー、視覚的には良くないんですけれどね。輝度対比が激しくて。環境的には良くないんですけど、雰囲気はすごく出るんです。もう一つは、実はこのナースステーションの裏側には先ほど言いましたようにチャペルがあります。それでこの裏側の壁はガラス張りになっていまして、チャペルの中のバルコニーに出ることができるようになっているんです。ですから、その写真無いんですけども、ここに立つとですね、ナースステーションの向こう側にチャペルが見えて、そこに朝、東の方から太陽の光がステンドグラス越しにスパーっと色のついた光が入ってくるんです。この色のついた光って言うのが、正にこの朝を迎えた喜びっていうのを演出しているんですね。これは、今まで僕が見た病院建築の中で秀逸の、空間ですよね。朝それを見た時の感動っていうのは。
それで、こういうような病院というのが、日本中の病院の中に作れればなと思っています。以上で終わります。

横尾 次にお話をうかがう予定でおりましたクリストフ・シャルルさんは、本学会員でもあり、作品発表も重ねられてきておりますので、会場の皆様はシャルルさんの作品、そのコンセプトについても重々承知なさっていると思いますので、もう16時になりまして、後30分しかありませんので、このままディスカッションの方に入っていきたいと思うんですけど、ご了承いただけたらと思います。では先生方、前の方にお願いいたします。
それでは、照沼先生、筧先生、それぞれの先生にお話しいただいて、世界の方まで目を向けて、医療の環境の現場についてお話しいただいたんですが、実は、シャルル先生にも、自身の作品のコンセプト、美術の世界からお話しいただきたかったと思うんですけど、お時間の関係で、こういう形で進めさせていただきます。
私たちの身の回りには様々な場があって、場自体の雰囲気とそこに集まる人たちから放たれるエネルギーみたいなものがあると思うんです。例えば、空港をお考えになっていただくと、あの空間ていうのは、日常から離れて旅行へ行っちゃうぞという、心の解放みたいな形が、わんわんわんわん溢れている所だと思うんです。美術館もそうですし、学校もそうだと思うんです。
それで、それに対して、病院、医療福祉施設っていうのはどのような空間を、空間自体が持っているのか。そこにいらっしゃる人達も、私達も行く訳です。それで、どういうエネルギーがその場と合わさって、その場がもっと良くなるか、そういうものを求めていかなきゃいけないと思うんです。それで、そういう意味で、外なる…環境ですね。そういう部分、筧先生に色々、世界の実情なんかもお話しいただいたんですけれども、先生が理想とする、こんなふうなものがあったらいいなというような。先程、聖路加国際病院の朝の光に関する問題が入ってきたと思うんですけれど、お話の中にもありましたように医療機関は24時間全て活動し、小さい組織の集合体であると。それで、そういうものを含めて今、夢のようなものを熱く語っていただければと思うんですが…

 えーっとすごく難しいんですけれど、理想っていうのをどう定義していいか分からないんですが、最初にお話ししたように、これは照沼先生のお話とも一緒なんですけれども、病院、とか医療施設、というように、一くくりで喋るのが実はちょっと困難だろう、難しいだろうというように思っています。
例えば、急性期の医療施設は、おそらく今皆さんが想像している以上に急激な勢いで変化をして、ほとんど走っている状態で、サービスを提供しています。平均在院日数、という言い方を私達はしますが、だいたい入院日数はどれくらいかという言い方なんですけれども、平均在院日数は2000年より前は、だいたい25日くらい、一般病床の平均在院日数はだいたい25日くらいだったんですけれども、この数年間で、20日を切っています、19日台まで突入しています。つまり5日間短くなった訳です。
これは一般病床と言っても日本の一般病床は自分が一般病床だと思う人、と言って手を挙げた所が一般病床ですから、その中にはお前一般病床じゃないぞという所も入っているので、本当に私たちが現場で見ていて、急性期の医療をやっているという病院は今や、そうですね…だいたい2週間切っているくらいですね。12?3日位で、患者さんを回している訳です。まあカリフォルニアに行くとそれを3日で回してたりするんですが、全く桁が違うんですけれども、ヨーロッパ各国が今、例えばフランスが7日とか8日くらいで、ドイツももう少し長いけれど8日とか9日くらい回している訳なんですね。で、日本はかなりヨーロッパに近づいたんですね。ヨーロッパ人から今まで馬鹿にされていたんですよ。お前らどうしてそんなに長いんだってですね。
だけどそれがものすごく短くなってきて、集中して医療をやろうっていうことになった時、さっき僕が冒頭で言った『冷たさと温かさ』っていうのが両立するって話なのですが、一方で癒しの環境と治療向上っていう言い方もあると思うんですが、そういう意味では治療向上的な側面がかなり強い。その中に、どう患者さんの癒しの環境を作っていくのかっていうのは、時として治療向上の方を優先させなきゃいけない場合もあるっていうことですね。一方で、例えば回復期リハビリテーション病棟だとか、または、もっとその後の、特殊疾患療養病等のような、かなり長期にわたって、まあ回復期っていうのはだいたい3ヶ月くらいなんですけれども、特殊疾患療養病棟であれば時として年という単位になってしまうんですが、それだけの長い入院期間の患者さんに対しての環境っていうのはやっぱり作り方が違ってくるだろうなって思いますね。
それで一つは、一つだけ言いたいのは、非常に細かい話なんですけれども、医療施設にちゃんと泣ける場所を作った方がいいと思うんですね。これは、救命救急から、長期療養までそうなんですけれども、患者さんが泣ける場所、家族が泣ける場所これがですね、それがどういう雰囲気で作るかもすごく大切だと思うんですけれども、これがあまりにもなさ過ぎるというのは、非常に問題だなっていうのは感じます。

横尾 今、最後におっしゃっていただいた泣ける場所というのは私自身、小児ICUの場で、廊下の片隅の電話ボックスで「やはりだめだった。今、先程…」という場に遭遇し、いたたまれなく感じました。
そして、実は看護婦さんとかお医者さんていうのはそういう人達を助けるために、ご自分で点滴を打たれているんですよ。注射の針痕をいっぱいつけたまま治療にあたっているんです。その先生方の休む空間というのも、今、病院に全くないと思うんですね。それで、休むだけでいいのかと。先ほどまでずっと病院環境が、患者さん、要するに病に冒されて治療のために自分を殺して、生物としてならざるをえない、救急、それから復活へ。そこの部分に対して非常に特にここ20年、まあアメリカ・ヨーロッパと同じように日本も進化してきたと。しかし、日本が全く進化していないのが、先ほど筧先生が泣く空間っておっしゃられた。そのように、医療の従事者自身に置いても日本は非常に不十分だと思うんです。そういう意味で現場のICUにもいらっしゃった照沼先生、そこら辺は本当にお医者さんとしてどう思われますでしょうか。

照沼 確かに今、筧先生、横尾先生がおっしゃったことは、現場でやっていますと本当に一週間に一度は突き当たる壁でして…例えば小児の心臓手術なんかで、その場で亡くなってしまう方がいらっしゃると、お母さんはもう、半分狂ったようになっちゃうんですよね。夜中の2時くらいに亡くなったとして、朝の6時くらいまでずーっと泣いているわけですよ。で、声が病棟中全部響き渡るわけですね。やはりそういう環境っていうのはあまり他の方にも好ましくない環境でして、そこで闘病して、頑張って生きようとしている方もいらっしゃるわけですから、そのような環境についてはこれから考えていかなきゃいけないと思いますし、やはり病院っていうのはそういう意味で、感情の、絶頂期から一番下まで、本当に色んな感情が交錯する場所でして、そういう風な人間の心の動きを、それぞれの方々に対応するのはかなり難しいと思うんですけれども、ひとつひとつ整理できる様な場所が、小さいコーナーでもいいですからあれば、やはりいい施設になるのかな…というイメージは持っています。

横尾 物理的な空間としての環境。それがアメニティとして整備されている。しかし、実はそこの患者さん、お医者さん、看護婦さんたち、薬剤師さんなんかも含めて、そういう人たちの心の中の環境っていうのが全く今は不十分であると思います。
私達美術に携わっていっていると、私なんかは触覚を中心にするんですけれど、シャルルさんなどは視覚と聴覚という上での表現。それで、人間がずっと有史以前から生物として何かしら美術的な行為を行ってきた。それは何ものかって言ったらやはりその精神の大きな動き、これ自身が、実は、病院の中で美術がずっと蓄積していきたいものなのであり、作品だけではないと思うんですよ。それを生み出すことの意味みたいな。そういう部分が、病院の中で、非常に今後有効になっていくんじゃないかと思うんですね。それが私などは、「内なる空間」、要するに、内側の環境ですね。そういう部分があると思うんです。で、それについてシャルルさん、視覚と聴覚それからフランスの古代の洞窟の表現、あれと音楽などについて語られると思うんですけれども、人間について、芸術と表現というものがいかに強いものであるか、少し熱く語っていただければと思うんですけれども。

シャルル 私の肩書きとしては、ここに「映像作家」と書いてあるのですが、実は映像はあまり作っていません…今回の大会の準備に手伝ってくれておりました(昨日のネットイベントの時に特に活動していた)小柳淳嗣くんは「ONZO」(音像)というグループを設立したのです。彼らは映像も音響も幅広く考えているのですが、映像的な音、音響的な映像、つまり拡張映像としての音、という意味になります。が、私の活動を表す肩書きとして「映像作家」というよりも「音像作家」の方が相応しいと思い、今後はそれ を使おうかと思いたちました。
先程横尾先生が、皆さんは僕の作品をよく知っているということでした。が、初めての方も大勢いらっしゃるかと思いますので具体的に一言で言えば、観客の反応も環境の一部という位置づけで「環境の中の音」または「環境のための音」ということを常に考えて作品を作成している、というのが近いと思います。昨日の午後、タン・カイシンさんとのコラボレーション作品が観客から明確な反応を感じることができたのは嬉こばしいことと思いました。…という理由で、わたくしの作品ではつねに観客の反応を大切にしているのです。そしてそれが最終的に音楽というかたちをとっている のです。
今回の大会のメインテーマは「環境・連繋・芸術」であって、「芸術と多分野の関係」という意味も含まれています。「個人と環境との関係」について、香山リカさんは先程のレクチャーに於いて、たくさんの答えを与えてくださったか、と思います。現代日本という環境において、個人はどう行動しているのか、どのように外界を見ているのか、どう見られているのか(というよりもその個人はどのように見られているかと思い込んでいるのか)、その個人の内面と外面はどう繋がっているのか、などというような問題を取り上げたと思います。では、我々芸術作家は、芸術の役割は何なのか、音楽や芸術などは、環境にどのような影響を与えているのか、環境をどのように意識させているのか、音楽や芸術を通じて環境をどのように知覚できるのか、という問題は非常に興味深く思っていいるのです。
自分の作品の場合を「環境の音を聞かせるための手段」と先ほど位置づけをしました。今朝のトーク(村上保壽先生と坂村健先生)にもその問題は提示されたと思うのですが:既に環境がある中、芸術は必要なのか、必要ないのか。ジョン・ケージは「音にとって大きな問題は音楽だ(今まで聴いた音を全て愛している)」と言っているように、人間は音楽を作らなくてもすでに環境音が存在し、独立しています。人間の音楽はある意味で、余計で、邪魔であるという意味だと思います。マルセル・デュシャンが言及したように、芸術家がサインしたものは、芸術作品になれる、ということにも関係しています。意図的に作られた人工的なオブジェは芸術作品になる資格がある、ということを提案したと思います。そのアイディアを拡張すれば、人間の意図と無関係に存在している環境自体は、芸術として把握できるのか、という疑問は確かに生じます。場合によって、人工界と自然界との境目が非常に曖昧だと思います。その境目を探求するのは、作家としての僕の仕事だと思います。つまり芸術作品は、どこまで意図的なのか、どこから無意図的になるのか、それはある意味で一つの芸術の定義になるかと思われます。
「環境音を聞かせる音楽」、「環境と一体化する芸術」はコンセプトでしたら、ジョン・ケージの言葉を借りれば、「無礙」と「融通」という概念は、その条件になると思います。ケージは、鈴木大拙に教えられたそれらの概念を、色々なレベルにおいて作品に利用しています。ここでジョン・ケージの『サイレンス』から引用しますが、「『無礙』とは全宇宙において、個々の物事や個々の人間が中心にあり、さらにこの中心にある個々の存在が、あらゆるもののなかでもっとも尊いものだ、ということを表している。『融通』とは、これらのもっとも尊いものが、それぞれあらゆる方向に滲み出していき、いつどんな所でも、他の全てのものと浸透しあうことを意味している。したがって、原因も結果もないと言うとき、そのことが意味しているのは、原因結果は計算できないほど無限にあるということ、実際にはあらゆる時空間におけるあらゆるものが、それぞれ、あらゆる時空間における他のあらゆるものと関係しているということである。」完全なインタラクションが行われているという状況を常に目指している訳ですね。芸術と自然が一体化するために、芸術が自然の働きを模倣し、芸術は自然と同様の原理に基づかなければならないということです。その意味で、今日 はお話しをしながら音楽を鳴らそうと思ったのです。言葉と音楽と環境音が、お互いに妨害にならないような状態を確認して頂きたかったのです。
人間は自信の精神状態を制御せかねること、つまりいわゆる「落ち込んだ時期」というのがあります。私にとってまさにそのような時期に(ちょうどダウンしていた時に)京都府、日本海に面している丹後町に行きました。その時、鈴木昭男さんの作品に出会いました。その作品とは山の中に建てられた、平行
の二つの壁でした。達磨が壁に向かっている姿勢を想像しながら、その二つの壁の間に座って、自然の音を聴いてみました。その体験は全く言葉にはならないもので、言葉で説明しても、またその言葉によって想像して頂いても、実際の体験と全く違うと思います。ケージが取り上げた東洋思想の概念も自分にとって様々な意味でたいへん役に立ったのですが、同様な意味合いで、鈴木昭男氏の作品体験は一種の精神的な治療にもなったと、思うのです。精神的にも、身体的にも、いい意味でかなりのショックを受けたと思います。

先ほどの病院の施設の話題に戻ります。病院の中で、どのような音が聞こえるかという話しですが、無機的なピッピッピなどの信号音や医療機器の音、それから患者やスタッフの足音とか…、僕はそれほど病院の体験は少ないので、病院という空間に対してそれほどの提案がある訳ではないのです。が、知り合いが癌で入院した時を思い出すと、やはり静けさが恐ろしい、と感ぜられる時もありました。先程紹介したジョン・ケージの音楽の、「ポタッ……ポタッ………ポタッ…」という長い「間」 (ま)を生んでいる非常に静的(static)な音楽は、元気な時は良いかもしれませんが病気している時は(病んでいるときは)、怖く感じることもあったようですね。実際に環境を聞くというか聞かせられるというか、音楽を通して環境が増幅されるとい うのは、怖いという反応だったと思います。病院にいることを忘れたい時に「あなたはまさに病院にいますよ」と言われるようなものなので、怖いというかイヤということが何となく分かりますね。
病院という環境の中で、患者さんの気持ちや欲求をどう対応できるかという、非常に興味深いというか、大事な問題が隠されていると思うのです。そういったことで、実は色々な音楽を聞かせてみたのですが、一番受け入れやすいものとしては、シベリウスの音楽でした。風景の様に広がっていくような音楽で、しかも独特の「ニュートラリティ」(中間性)を持っていて、患者の方々には好評でした。逆にベートヴェンの音楽は感情的、ドラマティックな部分もあると言えるのですが、耐え難い「重さ」は感じられたかと思います。ロマンティック音楽は感情的で、それに対してバロック音楽はむしろ冷静だ、という愚かしい解釈もあり得ますが、患者さんにその意味での「重い」音楽は耐え難いなのでしょうか。エリック・サティの(「中世的な」)音楽も、サティの音楽に似ているケージの(若年の)音楽も、病院環境に相応しいかもしれません。患者さん一人一人には違うニーズがあるでしょうし、精神状態によって、感情的な音楽も効果的かもしれないし、とにかくそのような研究もとても大事ではな いかと考えています。
ところで「ONZO」の小柳くんたちが今日ここにいない理由は、銀座のソニー・ビル で、聾唖者の方のための音楽(「Sight - Visual Music with Deaf」)というフェス ティバルが行われているからなのです。佐藤慶子さんという作曲家が毎年行っている催しでなのですが非常に珍しい試みだと思います。どのように音楽は身体的に受け入れられるかという事を考えています。僕も去年コンサートを行って非常に考えるところがあったのです。このへんで僕の話は一応ここまで、とします。

横尾 はい。えーっとまあ多分会場で聞いていただいている、美術に携わっている方は、それぞれ美術観があり、人間観、価値観があると思うんです。まあ私などは、外側の環境ってものを自分が触覚や視覚や聴覚を通して、世界を再度自分の心の中に作り直し、それでそれがどうなのか、本当なんだろうか、こうかな、こういう風になったら良いかなという形で、作品として昇華させていく、私などはそう思っています。実は、人間がこの世に生きている以上環境と様々な形で関わる。それでその中に、聴覚的な関わり・視覚的な関わり・味覚的な関わり、それでそれらの、主な部分と言うのは芸術の領域がかなりやっている。それは、その病を得た方などだけじゃなく、その従事者にとっても非常に大きい事だと私などは思っています。ところが、多分ここには十人十色、百色…皆さん違うと思うんですね。違うのが当たり前、違うのが美術の力の様な気がするんですね。
それで、もう時間も16時29分、予定の時間になっているんですけれども、観客席の方達に、それぞれ作家として病院の中の美術とか計画等に携わった方とかいらっしゃると思うんです。もしよろしければ、こういう病院建築、お医者様と話し合う機会でありますので、ちょっとご質問などいただけたらと思います。いかがでしょうか。……なかなか出ないですかね……。伊藤先生。伊藤先生は様々なところで美術、環境芸術として活動されていると思うんですけれども、こういう医療、福祉との事で何かありましたらお願いできませんか。

伊藤 まあ、病院の環境を作るということですけれども、病院というと一つのイメージが出来上がるぐらいの、人間の修理工場というか、僕は通勤路で慶応病院の裏側を歩くんですが、あの裏側の先生たちの雰囲気を見ていますと、かなり将来的に美的感覚は絶望的感じがしないでもない。それで町医者なんか行くとほとんどそのような感性は無い。それでさっき見たようなのは非常に特殊な例で。おそらくお医者さんの感性の問題だと思うんですけど。
我々は美術の教育に関わっているんですが、医学部の中に美学専攻だとかそういった感覚的な、人間の肉体だとか精神だとかに関わっている職業としては、医学部の中に美学とかがあってもいいんじゃないかと思うんです。これは日本のお医者さんの世界だけではなくて、財界人だとか経済人だとか日本社会全部に言えることなんですが…。物理的に結果のある作業を求める教育はあるんですけどね。その中にもう一つ抽象的な曖昧な、今大会で上がった、外国だとか、宗教の問題だとか。今回のテーマを決める時に内なる環境というものをやろうということでした。こう精神的な、先程の宗教ではなく物理的な所の精神にびついているんですけども、その辺のところをもう少し考えようじゃないかということで今回のテーマを決めた訳です。そういった意味では、我々だけがいいっていう問題じゃなくて、携わる人達の問題として…。

医療法人社団 いばらき会 デイサービス たびこの湯
  エントランス
ギャラリー たびこの湯 美術教室 描写風景
粘土菊練り風景 粘土制作風景

 知的産業としてはお医者さんはレベルが高いんですけども、感性的には満足できない問題があるんじゃないかと。僕はその辺の教育なんかを身につければと、美術教育は子供の為だけじゃないと思うんです。お医者さんという業種にも美術教育は必要ではないかと、とにかくあまり感覚のいいお医者さんは…。白衣を毎日着て、修理工場のつなぎを着ているのと変わらないんじゃないかと。チラッチラッっとこう胸のネクタイだけが唯一個性になっていて、ほとんどロボットが働いているのと変わらない感じがしないでもない。その辺の所を芸術と医療の問題、具体的な繋がりみたいな所があっていいんじゃないかという感じがする。
よく言うんですけど外国のパーティーの会話は文化とか芸術の話なんですけども、日本はお医者さんも含めパーティーの話は金儲けの話しかしていないんじゃないかと思うくらい。そういった低次元の会話しかないという。その辺のところの豊かさの根本に繋がるんじゃないかと感じがする。
まあこれは話が全然違った所になってしまったんですけど、そういった意味で環境という、心の環境という問題をですね、我々一生懸命考えているという、今回はかなりきっかけになる。これはテーマであって結論を出すレクチャーではないんですけども。一つ我々も医療の問題という形で繋がっているとういう。そういった意味で非常におもしろいテーマだったんではないかと自負しているんですけども。そういった意味では回答になっていないんですけども。そういったふうに感じました。

横尾 いえ、十分回答になってらっしゃるんですけれど、それでは筧先生。

 今、先生がおっしゃる通りで、私がお見せした写真は、私は今まで、海外も含めて500以上の病院を見て回って、その中でも今日は選りすぐりの写真だけを持ってきた訳で、とても見せられないような写真が山の様に私の所にある訳ですね。ですから、そういう意味では、やっぱり残念ながらそういうものに目を向ける人が少ない。
それは一方で、実はその私の冒頭の所でアートとしての建築とサイエンスとしての建築という話をしましたが、病院っていうのはやっぱり機能が難しいんですよ。機能を解くのが。ものの流れを整理しなくちゃいけないとかですね、人の流れを整理しなくちゃいけないとか…つまり医療のサービスをある程度理解しなきゃ建物を作れないし、なおかつそれを運営するシステムを理解しなきゃいけないとか。ですから病院建築家っていう非常に特殊な言葉が出てくるんですけれども。
全国に例えば九千の病院があったとして、30年間持つと一年間に300の病院が建て替わる訳です。日本中に一級建築士は何万とかいる訳ですから、平等に割り振るとですね、一人の建築家が病院建築に巡り会えるチャンスというのは実に少ない訳で、そうすると蓄積も無いからどんどんどんどんあるところに…。急性期のある高機能の病院建築っていうのは、やはり経験がある所じゃないとできない。ただ一方で、これは私の感覚ですけれども精神病院、であるとか、それから回復期リハビリテーション以降の特殊疾患療養病棟であるとか、その手の病院であれば、一生懸命勉強さえして頂ければ誰でも、初めてでも設計できる。その代わり一生懸命勉強して頂かなければいけないんですが。
そういう中で、つまり建築家は建物を建てる段階でもう、機能を解く所で疲弊しているんですね。それで、そこにデザインセンスが無い建築家が、これがまた病院建築をやっているのはデザインセンスが無いのばっかりなんですけれども、機能に興味を持つようなですね。それが最近は結構良くなってきたんですね。それは何でかというと、意外とその機能を解く所に慣れが出てきて、こなれてきて、その、仕事が集約してきて病院建築の実績がある所がやるようになってきて、そうすると機能を解く所に力を入れなくてもちょっと、デザインをしようかなとか思い始める訳です。もともとデザインをしてない人間ですからちょっと難しい所もあるんですけれども、そういう時にパートナーとして一緒に働く人が、入ってくるってことがすごく大切なんじゃないかなっていう気がしていて、そういう意味では、ぜひとも頑張って下さい。

横尾 ありがとうございます。私も常々照沼先生と、医学部の基礎教育になんで、美術音楽文学が無いんでしょうねっていう話を良くしてたんですね。で、この中にも、アートコーディネイトとして、民間の作家と病院との間を取って、お仕事をなさっている方がいらっしゃっていますので、吉岡さん。よろしければ今まで色んな病院に、作家との間に立たれて、設計図を送ったり、下図をプレゼンしたり、色々なご苦労があると思うんですけれども、今、最悪!っていう様なものがあったり、これが最高だった、っていうものを何かお話しいただければと思うんですけれども。

吉岡 アートナウの吉岡と申します。病院や学校や福祉関係の施設におきまして、いろんな環境の中にアートワークを企画しまして、作品を設置していくような仕事をしています。病院関係でいくつか全国で仕事をさせていただいたんですけども…。

横尾 なんか以前、そのプレゼンをする時に、企業体から、そこの周りの図面も全部仕上げなさい、えーこれアートと全然関係ないじゃない、こんなことしてたら美術の方に注ぎ込む時間が無くなってしまうっていう、そういう経済的圧縮が実は内々に、建築の段階でアートの方にぎゅーっと来ているっていう様な話を伺った事があったんですけれど。

吉岡 現在進行している物件なんですけども、担当している者に変わります。

大貝 すみません、変わらせて頂きます。私どもはアートワークということでいかに癒しの環境、また癒されるだけではなく、癒されて元気が出るような空間を造りたいということで精一杯やらせていただいているんですが。私どもほとんどがコンペになりまして他業者さん、10業者さんくらいがいろいろアイディアを出す中から採用されて…、まあ喜んで企画を進めているんですが、いろいろな問題が起きています。私どもとしてはアートワークがいいもので提案できればいい環境、癒しの環境が出来るだろう。ところが今進んでいるものは、関係する様々な職種の方それぞれが自分たちがやりやすい方向でやさしいやり方で進めてくれという様なことになっていますので、ちょっと本末転倒かなというのが一番困っている所です。

横尾 はい、そういう、困った事っていうのは実は作家さんに聞くと、腐るほど出てくるみたいなんですね。ただ、そういうのは、今後少しずつ、よくなるようにと。
少々、関連の資料を提示してみます。お医者さん達の中から、滋賀医科大の名誉教授が書いた、「名画の医学」とかですね、「痛い絵」という本が、実は出ているんです。あれなかなか面白かったです。また「病院が変わり始めた」という写真集も出ております。私たち普通に入手する書籍の中で、美術の人間も、実は医療的な事で医学とのコラボレーションを自分からやる事は可能だと思うんです。ただ、お医者さん達にももっと美術に親しんで欲しいなという思いがあります。
それで、できましたらこの学会にそういう研究会を作り出したらいかがかと思うんです。それで、このシンポジウムが始まりとなって、研究部会として、医療・建築・美術っていうものが、お互いにディスカッションを重ね、それが外であったり学会内であったりしながら、少しづつ社会に。私達の立場からしますと、美術が社会的に、ちゃんとした存在として位置付け直す事の広がりを持てるかと思うんですね。
そういうふうに考えておりますけれども、それで伊藤先生そういう研究部会作ってよろしいでしょうか?奮って我こそは、とかですね、今後事務局にお願いしまして、そういう形ができていければと思います。それで筧先生、照沼先生にも是非、今まで親しまれなかったこそ、この会に入られて、美術と交わって頂けたらと思いますので。こういう形で、今後継続という形での、結論がこのシンポジウムだと思います。
これにて終わりにしたいと思います。
シャルルさん、すいません。短くなっちゃって。筧先生、照沼先生どうもありがとうございました。