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活動報告

環境芸術学会第4回大会 シンポジュウム報告
10月26日(日曜日) 13:30〜16:00
於:マリンシアター
■シンポジウム「環境・交流・芸術」

<基調講演> Don Hughes(米国モントレー湾水族館デザイン部長)   
<パネラー> 安部義孝(アクアマリンふくしま館長) 
西 和夫(神奈川大学教授) 
石井勢津子(美術家)
<司 会>   國安孝昌(筑波大学助教授)

□基調講演/Don Hughes
皆さんこんにちは。私はアメリカ、カリフォルニアにありますモントレー湾水族館の副館長、Don Hughes です。大学では版画を専攻し、作家としても活動しています。あいにく、副館長と作家ではまったく別の生活環境ですが。
アクアマリン安部館長、環境芸術学会の伊藤会長及び、会員の皆様には、モントレー湾水族館で行っている最新の展示の仕組みについてお話しする機会をいただき感謝いたします。
「クラゲ:生きている芸術」についてお話させていただきます。生き物の芸術は、今生存している動物を芸術作品として展示する博物館スタイルの展示です。それは、海洋環境によって着想される芸術と対をなすものです。私達は展示会場を、観覧者に生き物の形、リズム、動き、色、模様などを喜んでいただけるように、伝統的なアートギャラリーのように作りました。  観覧者に、平面、立体の芸術作品のようにアートギャラリーで観覧するようにご覧いただけます。多くの観覧者にとって、この展示はデザインと自然の芸術への誘いです。私達はこの展示で、科学への理解を高めるとともに、美術と生き物が持つ美しさへの評価を高めたいと思っています。

芸術と科学
現代人は、自然を理解する助けとして科学を信頼していると言えます。科学は自然を明らかにして、著しく現代生活に貢献したのは明白です。ただし、現代の機械的な科学は自然界の不思議、神秘についての私達の最も基本的な疑問には答えを出していません。芸術は私達にそれらの論点について話しかけてくれます。
科学は自然について研究しますが、自然とつながりを持ちます。人間は、一部の科学者が私達を信じさせようとしているような、自然の翻訳者ではないのです。むしろ自然の表れ、表現なのです。芸術は、私達のように頭がかたく哲学的な考えに疑問を持つ科学者に、自然のスピリットはすべてのものに存在することを、言葉ではなく思い出させてくれます。
科学者は芸術が定量化できないと批判します。芸術家は科学が分析的過ぎると批判します。人間の独創性は芸術と科学の推進力となっていますが、人間が理解するのにそれぞれの異なる方法で訴えています。
芸術は科学ができない方法で考えさせます。私達の水族館のような公共施設で開催される芸術と科学の組み合わせは、エンターテイメント、教育、そしてもしかしたら社会変革の最初の小さなステップとして力強いものです。

社会変動
モントレー湾水族館の使命は社会に新しいことを創り出すことです。人々が海を大切に思ってもらうことに焦点を当てています。私達の来館者の多くは、水族館の生きている植物と動物のコレクションに刺激されることで、海を大事にすることへの第一のステップとなります。芸術と科学の協力は人々の関心を捕らえ、感覚と心に楽しみをもたらします。
来館者が理解できない芸術を前にするときでも、その創造性を本能的に感じ取ります。アーティストのデビット・ホックニー氏は「芸術は世の中の見方に大きな影響を与えます。芸術は世の中を変えることができるのです」と言っています。

観覧者の研究と学習
販売促進と科学に関心を持つ現代の水族館として、私達は来館者がクラゲについて知らなければならないと考える全てを伝えるように計画しています。私達はこんなにも繊細で美しい生き物がどのように海で暮らしていけるかを来館者に知っていただきたいと望んでいます。
しかし、300人以上の来館者にアンケートをとったところ、クラゲの自然科学的知識にはとくに興味がなく、ただクラゲと一緒にいたいだけだということが分かりました。
それはびっくりする答えでした。非公式の教育の基本的な前提は、教室の外で行う教育という意味ですが、あるトピックについて人に興味をもたせられれば、その人はそのトピックについてもっと知りたくなるということです。興味とはすべての学習の大事な要素です。
私達は来館者がどのように学ぶか少し分かりますが、なぜ学ぶかはほとんど知りません。それぞれの人には異なった学び方の選択があることを知っています。詩人、音楽家、数学者、画家、パントマイム、教師そして哲学者、それぞれの学び方があります。社会科学者は学習の理論について大きな進歩をしましたが、完全に効果的な学習方法についての処方はまだまだです。そういう訳で現代の一番効果的な展示は、一つの説明に頼らないでい色々な学習モデルを取り入れるということです。
社会科学者によると、人々は博物館的なアトラクション、水族館であれば三つの要求を期待しています。家族や友達や新しい来館者にとって安全な公共の場所であること、驚きや不思議なものを共有できること、そして世界について何かしら新しいことを学ぶことです。
私達の来館者も同じく三つの要求を求めるはずですが、実は二つだけを求めていました。公共的な場所と、異色なクラゲです。97%は美的な体験を求めていましたが、35%は全く自然科学の内容を求めていなかったのです。おそらく、彼らは伝統的な教訓的な説明と事実に興味がなかったのでしょうか。もしかして詩人や、画家や、音楽家のように自分の感覚で、この特別なトピックを学習したかったのでしょう。
残念なことですが、展示のスケジュールの関係で哲学的な疑インは、生き物の美しさと、自然と美術の間のダンスに合わせ自然科学的な部分は少ししかないものになりました。
来館者は求めていませんでしたが、私達が生き物の情報を提供したかったところでは、面白い内容と予想外の展示方法を考えました。例えば、多くの人がクラゲに刺された経験があるので、なぜ、どうしてクラゲが人を刺すかをテーマにしました。それから、えさの取り方や繁殖の方法を説明するときは、専門用語は使わないで、ユーモアがある展示にしました。

期待を超える
全ての私達の展示では、言うのは簡単ですが実現するのは難しいことに懸命に努力します。それは人々の期待する以上のことを試みることです。年間20万人が訪れる施設でも、顧客が一人の広告代理店でも、期待を超えようとする努力があってこそ成功があります。もし、来館者が魚を見に水族館に来るとしたら、予想していなかったような面白い方法で大きな魚やもっと素晴らしい魚を見せようとします。さらには、見たことのないような魚を見せ、実際に触ることができるようにします。いつでも期待以上のものを提供できるように努力すること。それが成功するために基本です。

展示
この展示は、入場者を魅了し、来館者は積極的に私達のデザインに反応してくれました。2002年にはアメリカ博物館協会か
らも高く評価されました。水族館だけでなく、アメリカ国内すべての展覧会の中で一番に選ばれたのです。
「クラゲ:生きている芸術」は2002年の4月から開催されました。それは美術作品、作曲された音楽、ビデオ、そして来館者が参加できる展示で構成された約600平方メートルの生き物の展示です。また、言葉による芸術を称え、私達は詩や音楽の歌詞や、文学からの引用も展示しました。
「クラゲ:生きている芸術」のデザイン、開発、設置には2年かかりました。10種類の生き物、40種類の芸術作品です。資金は、会員と提供者のおかげで、660万ドルを調達することができました。予算は300万ドルでした。3年間の設計期間でした。この臨時の展示は2005年に終了します。
「クラゲ:生きている芸術」の短いビデオを見ていただきたいと思います。
(短いビデオ上映)

結び
私はこの「クラゲ:生きている芸術」の事実のお話を締めくくるにあたり、ガラス作家リック・サタバ氏が、モントレー湾水族館の展示からどんな着想を得たかをご紹介いたします。私達の目的は、全ての来館者に感激していただくことです。そして私達はリック・サタバ氏が手がけたのと同じ方法で行うことが最善と信じています。それは、直接、生き物、植物、動物に触れることです。
ますます都市化し忙しい社会の中で、人々は今日自然を体験する機会が少なくなりました。私達にできることでもっとも大事なことの一つは、このような関係を盛り上げることと信じております。
人々の関心を引きと好奇心と興味をもっていただき、さらに期待以上のものを提供するために、幻想的な動物のコレクションに芸術を加え、来館者に自然界の生きている芸術として生きたクラゲを観察していただくようにしました。
1992年には、芸術家で水族館管理者アマノ・タカシ氏が、「富と美しさは調和、バランスから。水族館はこの真実の偉大なる教師。」を書かれました。
私のスピーチをお聴きいただきありがとうございました。皆様が興味深く有意義な会議を持たれることを期待しています。この機会に、ご活躍の場に挑戦する新しい考え方を見出され、すばらしい発想を得る幸運に恵まれますことを願っています。

□パネルディスカッション

國安 Hughes さんの基調講演を聞いてびっくりしました。非常にさらさらっと話されて聞き逃してしまうのですが、大変過激な発言をされているのではないかと思いました。というのは水族館ということを考えるとどうしても学問的なことで、学者さんとしての水族館がもっている自然環境の知識などを前面に出されるのかと思っていたら、アンケートをとると97%が水族館に対して美的なものを求めていて、実際に科学的な知識を求めているのは35%。それに対してお客のニーズに応えて、本来科学のミュージアムであるはずの水族館がアートを展示するという、この過激さはすごいことではないかなと思いました。
それで、今の時代というのは非常に閉塞感があるという話が昨日、安部館長からのお話にもあったのですが、それは案外自分たちの専門性のなかで固定した観念とらわれているから閉塞しているのではないかというふうに思いました。今回水族館で環境芸術学会が催されるということで、私自身も正直最初お話を聞いたとき驚いたのですが。私達は普段の生活の中で海というものが全く意識の外にある。そういった時、視点を変えて自分達が日常的にやっている普段の生活ですとか芸術活動、研究活動を海という視点で考えてみると、何か違ったネットワークができてくるのではないかと非常に期待しました。
本日ここに登壇していただいていますのはこちらの館長の安部先生、日本建築史の神奈川大学教授の西先生です。あの安部先生はもちろんこちらの館長ですからそのような点をお話頂けると思うんですが、西先生はここにご本があるんですけれど、「海・建築・日本人」という題名で海という事から建築を捉えていて、この中のご紹介ですと奥能登にある時国家(ときくにけ) とお読みして宜しいんでしょうか、豪農の家があるんですね。それを調査されて、単に日本民族が農耕民族で農業だけやってきたのではないぞと考えられて、何をされたかというとそこで風船を上げるんですね。そうして実はその農家の家っていうのが元はもっと大きな豪農の家で、それが海からの望楼の役目を果たしていたということが分かった。海を通して、実は僕達も持っているような日本人の生活や歴史が全然違うイメージとして語られているということですね。この海を通した視点ということで何か本日お話を頂けるんじゃないかと僕は思っています。
この講演の進め方としては、それぞれパネラーの方にイントロダクションをそれぞれ十分程度お話をいただきまして、シンポジウムですので何か結論を得るというのではなく、そのお話の中から共通のキーワードを、例えばこの海というのが今回キーワードになるのかもしれないのですが、それを話の口火にしていって議論がどこに行くのか分からないという、丁々発止と何かエキサイティングな場ができたらと考えております。
願わくば最後にうまく「環境・交流・芸術」というところに議論が流れていけば幸いだなと思っていますが、進行の力がそこまであるのかどうか期待されると困ってしまうんですけれどそのあたりを少し口火にしていきたいと思います。
今の Hughesさんのお話を聞くと非常に何か人間社会においての皮肉っていうんですかね、自分達のことでいうと芸術作品をやろうとして芸術を芸術といって出すことによってむしろ社会に拒絶されてしまう。そうじゃなくて芸術をもっと違う視点から捉えていくことへの可能性を感じますし、芸術の世界でいうと今展覧会とか美術館が二つの方向に分化しているんじゃないかというんですね。
一つは徹底的に学究的に今までのやり方としてコレクションとか権威付けの評価の方向で、もう一つはエンターテイメントとして展覧会とか美術館が向かう方向で、何かというとディズニーランド化だと思うんですね。博物館や美術館・展覧会がディズニーランドのエンターテイメントとして、但しそれが単に娯楽としてのエンターテイメントになってしまうんなら、こちら側にある本来の展覧会・美術館・水族館の目的とどこで折り合いをつけていくのか。そういうご苦労が多分それぞれの先生方あるんじゃないかなって、そんなことを今 Hughes 先生の話
を聞いて感じました。それでは安部先生の方から少しお話を頂ければと思います。

安部 私は1964年に、上野動物園に就職しましてそれ以来39年間東京都の動物園水族館に所属しました。その2/3ばかりは水のほうで水族館、後は動物園その他のところなのですけれども。その間の仕事を煎じ詰めれば、生き物の環境どう作るか、それから見る側にとっての好ましい環境をどう作るかというのが常にありました。先ほどの Hughes さんのお話と同じようにやはり自然をどう再現するか、抽象化するか。当然大自然を小さいところに閉じ込めるわけで抽象化の過程がありまして、手前勝手なのですがこれはアートであろうかどうかという・・・ちょっと映像をご覧に入れながら話したいと思います。
(スライド)

國安 そうしましたら安部先生のスライドの方がバッテリーがちょっと弱っているようなので、急にお話を振って申し訳ないのですが、西先生からお話大丈夫でしょうか。ちょっと計画とずれてしまうのですが・・・。西先生は何でここに呼ばれたのかご自身でも疑問に思われているのかもしれませんが、ご専門の方からお話をいただくとして、7・8枚程スライドをお持ち頂いているようですがお話を先にしていただければと思います。

西 神奈川大学の西と申します。私は工学部建築学科に所属しておりまして、普段は建築の設計と建築の歴史を教えております。専門は建築の歴史なのですが、一年程前に「海・建築・日本人」という本を作りました。NHKブックスの一冊です。そこに書きましたのは、我々が普段考えていること、常識だと思っていること、ある概念に捕われていること、それを一度ぶち壊すとどういうものが見えてくるか。それを建築の歴史の面から一つまとめてみようということでその本を作ってみたのですが、今日はその一端をちょっとお話ししようと思います。
私は今話しました建築の歴史の勉強をしておりまして、あちこちの自治体のお手伝いで、町並みの調査とか、それはつながっていって町づくりになるのですが、そういう仕事を普段はしております。例えば今私がしている所で言うと、長崎県の平戸という町がありますが、これは城下町であり港町であり、もとは1600年代初めにオランダ商館が置かれたという貿易の町でもあるのですね。その町が今大変さびれておりまして、何とか活性化できないかと相談を受けて、町の中の歴史的なものを大事にしていこうとことで地元の方と相談をしながら町づくりをしています。
その時に気が付きましたのは、平戸というのは平戸島でありまして、一市一島、一つの島が一つの市なのですが、実は今、町の人たちが島であることを忘れつつあります。本来は島でありますから船で渡ったのですが、1977年に橋が架かりまして、今、車でひょいと来ちゃうんですね。ひょいと来ちゃいますから島であることを意識しません。外から来た人がそうなのですが、町の人たち自身も自分達が周りを海で囲まれている島なんだということを忘れがちになりまして、海との関係を大事にしなくなってきています。
そうなってくるとどういうことが起こるかというと、色々な海との関連で歴史的に大事な物が残っているのですが、それをどんどん捨てています。せっかくある海との関係を一生懸命消そうとしている。例えば商店街ですと、商店街はどのお店もできるだけ東京的になりたいと考えていまして、小さい小さい東京的な町を作ろうと努力していて、本来海との関係で非常に面白い町だったのに魅力が消えつつあります。
これは大事なことが忘れられていて非常に残念なことなので
すが、そんなことを仕事としてやっているのです。他に島根県の江津というところで町づくりのお手伝いをしておりまして、これは日本海側の元、港だった町なのですが、ここも今非常にさびれておりまして若者がだんだん少なくなってきてますが、本来は日本海の廻船で大変賑わった町であります。そこも、また歴史を積極的に捨ててミニ東京にしようとしたために町全体がさびれてしまっている、こういう所なのです。
そういうことを仕事としてやっていていつも気がつくのは、ちょっと見方を変える必要があるのではないかということです。自分達の歴史を大切にしてみる、それが先ずは必要じゃないか。いつもそう考えているのですが、そんなことをやりながら一つ私がしてきたのは、建築を海の視点から見るという仕事で、ここ数年続けています。建築は必ず陸に建っています。島の上に建っている、海に近い所に建っているというのはあるのですが、それでも陸地の上に建っているのですね。海の視点でものを見るというのはあまり建築ではやりませんが、いつも陸からだけ物を考えるのをちょっと見方を変えてみると違う世界が見えてくる。

 その一つの例を話しますと、石川県の能登半島に輪島という町があります。半島の先端のほうですが。奥能登と呼ばれております。その輪島からさらに30分ほど入ったところに時国という町がありまして、そこに時国家という二つの非常に大きな民家があります。上時国・下時国、と呼ばれている二軒です。この二つの建物は豪農といわれる大きな農家なのですが、第二次世界大戦で小作制度が変わりまして今はそういう制度は残っていませんが、元は小作人がたくさんいて田畑もたくさん持っていて、そこから得られる収入で周囲をしっかり押さえていた。上時国も下時国もそういう大きな豪農と考えられてきた農家でありました。
ところがこの二軒の上時国・下時国は本来は一つの建物だったらしく、その建物はどんな建物だったんだろうな、元は一つだったんだからもっともっと勢力があったんじゃないかとこう思いまして、調べてみました。その結果、元はものすごく大きな民家だってことがだんだん分かってきたのです。信じられないくらい、今日本のどこを探しても存在しない、そういう大きな民家があったんだってことが分かりました。
それが二つに分かれるんですが、何でそんなに大きな民家が現実に存在したのだろうか。これは想像じゃなくて確かに存在したことが色々な点で裏付けられるのですが、なぜだろうと考えてみました。そして歴史の方と一緒に調査をして分かってきたのですが、どうやらこれは普通の農家じゃなく廻船問屋だった。日本海を使って物資を北海道から瀬戸内海を通って大阪まで運びまして、物資を運ぶことで利益を得ていた大きな海運業だということが分かってきました。だけど海運業だからといって、建物が大きいとは限らない。他にも海運業はたくさんある。なぜ大きいかはやはり分かりません。
大学院生と議論をして、他の分野の人達とも色々議論をして、私はこれはひょっとしたら海を見る建築だったのではないか、海を見ることのできる建築だったのではないか、だからこんなに大きかったのではないかと考えました。別な見方をすれば海から見える建築という見方もできます。そう考えて気がつくと、海をずっと見続けてきた建築というのが近所に、日本海側にたくさんあるのですね。建物の屋根の上に望楼をのせて、そこから江戸時代ですと帆船です、帆掛け舟です。その帆をずっと見ていた、そういう建物がたくさんあります。望楼とか物見と呼んでおりますが。時国家もひょっとするとこういう建物だったのではないか。そうすると背が高いということが理解できるのですが、困ったことに、現実にはその大きな建物は幕末には壊されてしまいまして今は存在しないのですね。そこから海が見えたのか検証することができない。
だから大きいのは海との関係だと言えないのですが、何とかそれを検証してみたい。そうしたら大学院生が面白いことを色々考えてくれまして、元の高さにあわせて風船を上げてそれを海から見て見ましょうかということになりました。大きい風船をその建物の元あったところの高さに二つ上げまして、あちこちから見てみると海から非常によく見えるということが確認できました。
それが分かってくると次々に色々なことが分かってきました。今は時国には港なんかないし海との関係が何にもない。しかし調べてみたら、港があったということが分かったのです。埋めちゃったんですね。埋めてしまって港を消してしまったために分からなくなった。そして時国家は非常に大きな船を持っていたということも分かってきた。ちょっと見方が変わるといろんなことが次々分かってまいりまして、今は単なる豪農に見えている時国家が、昔はそうではなく廻船を営んでいて、時国家の港があって大きな船が着いたのだっていうことが分かってきて、やっぱり大きいのは海との関係なんだということが分かってきた。
これは、見方を変えたから分かったわけです。海との関係で建築を考えることは普通はしない。海から見えるか見えないかということだけで言えば海岸に建っている建物は海から見えるわけで、灯台は海から見えるのだし海から見えることが大事です。灯台も建築物ですからそういうのはいくらでもあるのですが、誰も海との関係があると思っていないものも海と関連付けてみる。そうすると初めていろんなことが分かってくるという作業をいたしました。今日は海にちなむこの会場でシンポジウムが開かれるということで、海との関係をちょっと考えてみると世の中が変わって見えるというお話しするのも意味があるかな、そう思ってお引き受けした次第です。
その時国家ですが、ここでスライドを見ていただきます。

これは、時国家が建っているあたりの情景です。右手に見えている山の裾のふもとに、ここでは見えていませんが大きな建物が2つ建っている。今この写真を写している場所は何やらお墓が見えているんですが、古墓と呼ばれている古いお墓がありまして、ここに昔の時国家、私達が最初の時国家という意味の原時国家と呼んでいる家が建っていたんです。ここにものすごく背の高い大きな家が建っていて、それが幕末に消えまして今建っているのは上時国家と下時国家です。
まずはこれが上時国家と呼ばれている家で、建てられたのは幕末です。これが原時国家が消えた後に建てられたのですが、ものすごく大きな建物です。大変立派な建物です。国指定重要文化財です。こういう茅葺の大きな大きな建物で、これは室内ですが揚羽の大きな蝶の紋を使っていて、平家の落人だという伝説を持っている上時国家です。有数の大きな建物なんですが、現在は海との関係は何にも見えません。
もう一つ下時国家と呼ばれるものがこのスライドですが、そこに入っていきますとまるでお城の中にあるような建物です。これも茅葺の大きな建物でいわゆる民家ですが、どう見ても民家、どう見ても農家でありまして海との関係は、現状からは決して推測さえできない。そこで先ほどお話ししたことをやってみた次第です。その結果色々な事が見えてきて、今日は時国だけのことをお話しすることにとどめますが、そういう作業を色々やっております。この例を見てもわかりますが海との関係が深いわけですし、そういう視点でもう一回町を見つめなおして見ると、町の活性化につながっていくかもしれない。そんなことを考えて仕事をしております。以上です。

國安 ちょっと前後逆になってしまいますけれども、引き続き安部先生のほうから少しお話お願いいたします。
(スライド)

安部 スライドの表題のような話をします。水環境をつくる、「AQUASCAPING」。これは造語でして、水槽内景観、ランドスケーピングと関連があります。こういう本物の自然、渓流、珊瑚礁、様々な水辺を水槽の中に再現するのはなかなか難しい。このダイナミックな雰囲気を掴むのは。これは地元の吉田さんという人の盆栽ですが、今94才。盆栽を作るには人生短すぎる、と言っていました。やはりこれもこの小さい鉢に理想の自然を作るという意味では、共通のテーマとしてくくることができると思います。
ここには専門家がおられると思いますので釈迦に説教ですが、日本庭園というのは時代によって、自然に従う、自然を造形するという二つの作庭哲学が交代を繰り返した。私は自然を造形するという人間の意図に関心があります。地元にも優れた日本庭園がありまして、これは会津松平氏庭園です。池は「心」の字の形になっているんですが、池泉回遊式という庭園で与謝野晶子の歌碑があったりなかなか優れた庭園です。ここに薬用植物園が付属していまして、大名に薬草を提供する。写真では大雨が降っていました。
これはいわき市内にある白水阿弥陀堂。平安末期1160年ぐらいにできたものです。平泉からの磐城の国守、磐城太夫則道に嫁いだ徳姫が旦那さんに先立たれて、剃髪してここに阿弥陀堂を作ったという、これは浄土庭園です。とにかく借景が素晴らしい。それからこのお堂では、いかにして極楽浄土に渡れるかという説教を四百円でしてくれます。非常に優れた国宝です。龍安寺石庭、これは極めつけの枯山水です。15個の石が7、5、3の「心」の字に配され白砂は海です。背後を囲む油土壁の杉木立は借景です。
ご存知のようにこれは障景、バリヤーシーンです。框景 (かまちけい) というのは劇場のプロセニアム、額縁そのものでして、水族館の水槽が汽車窓式に並ぶのは框景の連続といえます。水槽の窓は余計な物は隠して、劇場の舞台のプロセニアムの役割をします。借景は最もよく使われる日本庭園の技法です。
これはアクアマリンの障景。言ってみればこう、先が見えないように擬岩を配して期待を抱かせる技法。これは谷口吉郎先生デザインの葛西臨海水族館です。エントランスホールの見事な框景です。
長年水族館で働くうちに色々水槽を作る機会がありまして、当然水槽の中に入っていろいろ職人の邪魔をしたりするんですが、限られた空間をどうやって広く見せるかということで正面を丸く袋状にして、光のグラデーション、手前のほうの色を明るくするわけです。古い水槽は芸大の彫刻科の学生の作品でした。葛西臨海水族館では谷口先生や伊藤隆道先生と水槽の模型をつくって検討して、それを元に水槽を作りました。これはマグロの水槽で、かなり複雑な劇場空間のつくりになっていて、いろいろな角度からアクリルガラスごしに魚を見ることができます。マグロにとってみれば泳ぐ空間が非常に複雑です。観覧する人間にとっては非常によくできた水槽です。これは葛西臨海水族園の屋外にある展示で、やはり外の空間を借景としてできるだけとり入れている。 これはアクアマリンの福島の川の展示でして、アクリルガラスにフレームがない。プロセニアムの無い水槽です。この辺でスライドを終わります。

國安 環境水族館宣言について少しお話をいただけるということでまた後でお願いします。引き続いてはアーティストであります石井勢津子さんからお話をお願いします。

石井 私は表現する側から環境というものに対する捉え方についてご紹介させていただきたいと思います。私はホログラフィーというメディアを使って作品表現をしているんですけれども、そこには必ず光というものを使っており欠かすことのできない要素です。そういう意味では光を取り込んだ仕事というか作品なのですけれども、人工のライトだけじゃなくて最後には太陽の光を取り入れることで、これは環境ということに非常に深いつながりをもっています。
1989年に湘南で渚シンポジウムというのがございまして、その時にアーティストたちが渚という環境についてどういうふうにアプローチして、アーティストとしてどのようなことが可能であるかという動きがございました。その時に「art survey・見えない彫刻」という展覧会がございまして、私もそこに参加しました。そこで初めて渚、水という発想が浮かびまして自分の表現する中に自然の要素というか、そういうものを取り入れた最初ですね。
今日、Don Hughes さんの講演を聞きまして大変に感銘を受けました。それから環境という捉え方というのは色々あると思うんですけれど、例えば午前中の口頭発表の中で、私たちの暮らしていく社会の中でどのようにハイテクと関わり見苦しくない良い環境が可能であるか、そういったアプローチとしてのデザインの力という切り口がありました。私の個人的なアート表現では、アプローチの仕方を太陽と光、渚のシンポジウムというきっかけで水というものに出会って水と光を組み込んだ作品になっていくんですけれども、現在一番興味を持っている方向というのが、太陽の光を積極的に作品の一部として取り入れることです。太陽の光は、白色に見えますが実は虹で構成されています。人工的な素材、ホログラムというマテリアルを使うことで、太陽の虹を自由に取り入れることができます。例えば野外の池に浮かべたオブジェは、太陽の角度や見る視点の位置で色が変わります。それは水面に移った色も違って見えるなど、天候とか時間の経過に呼応して、見え方がいろいろに変化します。作品を一つおくことによって周辺の自然環境は、全く違った表情となり、いつもは何気なく見過ごしている太陽の光にもう一度光をあてるというような仕事です。
自然の環境の中にある作品を委ねるというか、私自身のイメージを押し付けるのではなく、今日の口頭発表の中でもありましたけれど、見る人各々が持っているご自分の経験をプラスしてその環境の中から何かを感じてもらう、そういうようなファジィーな状況作りというのを私はお話したいと思います。
それでは私の作品をいくつかご紹介します。
(スライド1)
これは建物の中で窓から入る日光の一日の動きを、大きなスクリーンに映して変化を見せています。実はトレーシングペーパーを水で縮ませたものなんですが、この後ろに水槽を置きまして、風を送って水面に揺らぎをつくっています。太陽の光をこの水面で反射させ揺らぎをスクリーン上にそのまま映り込ませました。ここは室内ですが屋外の要素をそのまま頂いて時間的要素を取り込もうという、これが私の水との関りの最初のスタートです。
(スライド2)
壁に四角いフレームの画面がありますけれど、この画像を見るためにはライトが必要です。実は水の中にミラーが置かれていてそこで反射した光で画像を再生していまして水滴が落ちて水面に波紋がおきると、そのまま壁面全体に波紋が映しだされます。雨上がりの水溜りに滴が落ちて波紋が広がっていく様や、陽だまりに置かれた金魚鉢などの水面の揺らぎが部屋の天井などに差し込んでいる様子を眺めていると、心のフィーリングに共鳴するというか、生物的な居心地よさというのを感じさせてくれます。有機的で自然な要素をそのまま作品の一部として頂き、作品を観てそんな心地良さを一緒に味わってもらえたらと思っています。
(スライド3)
これもやはり同じようなコンセプトによる作品ですが、大きなガラスのホログラムの後ろにプールがありまして水滴の落下や空気の泡によって波紋を演出しています。これは建物の中に設置してありまして四角い幾何的で人工的な空間に置かれながら自然界の一部を頂いて、有機的な環境を演出したいと思って作りました。
(スライド4)
次も水とホログラムの組み合わせです。これはフィンランドの地下空間のアートセンターで、この空間は何かの跡地ではなくて最初からアートセンターを目的に自然の環境の面白さを十分に生かし建設されたもので、そこで展示をする機会を頂きました。そこの展示空間に水をためた小さな池が作られていたんですね。この時初めてホログラムの画像と水とを組み合わせることを考えました。この写真は画像の上の波紋が全部消えていますが、この池には常に水が流れ込み、流れ出て水位がいつも一定に保たれるようになっているんです。水面の動きは目でほとんど判らないんですけれども、水の中の鏡で反射された光は水のほんのわずかの揺らぎにもレンズ効果の影響を受けて画像上にはっきりと波紋を映し出します。ここはまさに地下空間なんですね。地球の一部である岩盤空間を一つのアート環境として体験していただいたわけです。
(スライド5)
このホログラムは画像ではないんですけれども太陽の光と虹を頂く素材として使い、池の水面に浮かぶ落ち葉に見立てた野外展の作品です。
(スライド6)
これもやはりホログラムグレーティングによる立体作品で池に設置されたものです。一日の太陽の動きにつれて、日光のあたる角度が変わると色が変わってくるんですね。今スライドで映っていますけれども、上と下で違う色が見えています。全く同じマテリアルが同じようにおかれているのですが見る位置や時間で変化していく。曇っている時や雨が降っている時、また風が吹いて水面に波がたつと水面の映り込みは一瞬に消えてしまいます。天候とか季節の変化などそういうものを頂いて作品の表情がどんどん変わっていきます。
(スライド7)
これは水面に浮かんでいる状態ですが風が吹いてオブジェが揺らぐと、一瞬にしてオブジェと水面の反射の色が変わります。
これらの色は、太陽の光がホログラムグレーティングというこの素材によって回折されて、プリズムのよう分光されて見える色ですが、Hughes さんの一番最後の映像に虹色に変化するフレアのように繊毛運動している水中生物が紹介されましたが、あれはものすごい細かい繊毛運動で、カメラのライトをあてると光が回折して虹色があらわれるのです。これはまさに私がこだわっているホログラムの原理と同じ現象によるものです。ある意味で私はテクノロジーというツールを使っているんですが、その基というのは自然現象のなかにあって、たまたま人工的に手に入れることのできた技術でして、実際にはもう一度自然の中にもどっていきたい、そういう気持ちで仕事をしております。
今回はテーマの中に海というのがありまして、水から海をどう捉えるかということを考えるとてもよいきっかけになりました。タイトルに「交流」がありますが交流の始まりは出会いです。今まで考えたことのないものに出会って触発され、その触発によって脳の中の違うところをぽんとたたかれて違うステップへ行ける。先ほどの西先生の、視点を変えたときに必ず違う何かが得られるというお話に感銘を受けたのですが、交流の一番最初とはそういう出会いで、そこから何かが広がっていく、というようなことを考えました。以上です。

國安 ありがとうございます。今お三方のお話を聞いて、同じ海というか水というかそういう視点が、共通に浮かんできます。石井先生の作品では芸術でありながら非常に科学的なアプローチをされています。西先生は建築を、非常にリアリスティックというか現実的に科学という視点で、生活とか歴史を切っていっているのではないかなという印象を受けました。安部先生のお話では自然をサイエンスという視点で切っていっている。それに対してあくまで芸術というのはロマンティックに世界を見ている印象が非常にしています。それが個々に違っているようでいでも一人の人間の存在の中では共通の目があるんだということを感じるのですが、その中で共通に感じるということで僕なりに今の話を聞いていました。
西先生が関わっている建築の中で「さびれている」というのが一つキ?ワードとして出てきたのですが、その原因はみんなミニ東京化であるという話がありました。ここアクアマリンの話を聞きますと、その東京では宣伝されていないんですね。主に東北にパブリッシングしているということです。人を入れるというとどうしても東京を中心にものを考えてしまうのが、東京じゃなくて東北中心にパブリッシングしているというのは、年間百万人を集めているそうですが、八十万ですか (笑)すごい視点の転換じゃないかなと思います。
今の閉塞感に象徴されるのが、先ほどのHughesさんのお話にもありましたが、都市化が進んでくいく中で人間がどんどん自然を忘れていくということです。今の近代化、現代化という中で東京が象徴するような物とその視点を変えて視ることの重要さということでなにかお三方の中で共通のものがあるんじゃないかなと思いました。東京を無視しているというわけではないのでしょうが、こちらの館のあり方として東北中心に人を集めるという戦略についてお話していただければと思います。

安部 それは戦略ではなくて単にお金のことなのです。(笑) 東京で宣伝活動すると非常にお金がかかる。特に東北中心ということではないと思います。

國安 費用対効果というと敢えて東京中心にやらなかったというのは賢い戦略なのではないかなと思います、結果として。意図したことではないかもしれないのですが、これだけ今日も大変な入館者数だということはたいしたものだな、と思いまして。

安部 水族館の集客圏というのは、あまり広くなかったんですね。ただ幹線道路が非常に発達しておりますから集客圏が拡がった。道路公団の努力もあるんですが2、3時間のドライブの地域区間が集客圏ですから東北一円です。東京も含まれるのですが東京の人はなかなか。今はなんでも東京圏内で満足できますから、ニ百キロ離れているとだいぶ来なくなりますね。集客のためにはやはり何割かは東京から来て頂くのが一番よいのですけれども。

國安 そうしますとやはり環境というのを考えていくときに、自然が大事だということはどなたも異論がないのですが、そこにどうしても人間が生きていくのに一番ベーシックな問題で経済というのがあって、環境を考えるというのはイコール経済を考えるというのではないかなと思います。西先生の奥能登の時国家のお話もそうですね。今は裏日本といわれているけれど実際には江戸時代は向こうのほうが大きくて、むしろ日本海側が経済的な主力を担っていたというふうに理解しております。このようなことから建築を考えていく時に、いま古い建築の保存ですとか、それから平戸ですとか、江津と申しましたか島根のお話で、その都市の活性化にも関わっているなというふうにお聞きしましたけれども、そのあたりで今の社会状況の中で、ミニ東京化していくことへのお考えをお聞かせ願えたらと思います。

西 先ほどさびれているというお話をしたんですが、今まで我々は、日本はというとちょっと大きすぎるのですが、我々は自分達の歴史を一生懸命捨ててきたのですね。つまり第二次大戦後近代化の歩みを一生懸命やってきて、歴史というのは近代化とそぐわないと勝手に信じ込んで歴史を捨ててきたんですね。
例えば私の大学は横浜にありますが、私の所属しているある会で横浜に自然の海岸はどのくらい残っているかということが話題になったことがあります。皆一キロくらいはあるだろうとか、千メートルどころじゃなくもっとあるよという人もいましたし色々だったのですが、正解はゼロメートルだったのです。横浜は自然の残っている海岸を捨ててしまって全部人工的にしてしまったのですね。そこまでしてきたのですが、市民が私たちもやはり海岸が欲しいと言い出しまして、今度はどうしたかというと人工的な自然の海岸を作ったのです。変な言葉ですが一生懸命自然に似せた砂浜を作ったのです。そこで潮干狩りをやりたい、そこに子供たちをつれてきたいということで。ところがですね、ダンプカーでいくら砂を持ってきても流れてしまうんです。自然を壊すのは簡単なのですが、再生させるのは大変なんですね。
要するに自然を捨ててしまったのは間違いだったというのが我々が今痛感していることですが、これはもうどこでも起こっていることでして、日本の海岸は非常に美しい砂浜があって自然が豊かである象徴のようだったのですが、どこでもどんどん埋め立てております。おそらくこの近くでもそうだろうと思うのですが。埋め立てるというのは陸地を増やそうということですが、これは陸からの視点だからそうなるのですね。海から考えてみると埋め立ててしまうと漁師の方も魚が捕れない、海からの視点で考えてみればそういう発想は消えるのですが・・。
島根県の江津で私はお手伝いをしておりますがそこも同じことでして、海岸を埋め立ててしまって工場を運営した。工場が元気なうちは町は元気だったのですが、工場というのはいったん景気が悪くなってしまうとさっぱりになってしまいまして、とたんに町全体がさっぱりになってしまうという、こういう構図なのですね。これはほとんどどこに行っても同じです。大切にしなければならないだろうとちゃんと考えてはいて、自然景観とかとっても大事だ、大事だといわれているのですがこれも同じです。
平戸でもどうしたらいいかということで、オランダから人に来て頂いてシンポジウムがありました。その人に「皆さんは難しいことやる必要は何もない。平戸には自然景観がたくさんあるじゃないですか。それを一生懸命に見えなくしているのはあなたたちですよ。」と叱られたのですね。
これはおそらくどこでも同じことで、私たちは今まで脇目も振らずに自然を壊し歴史を壊し、歴史を捨て自然を捨てていくということをしてきた。それを今やっと気がついて、ちょっとしまったなって思っているそういう時なのですね。水族館というのは素晴らしい施設で、子供達、次世代に素晴らしさを伝える上で大切です。そういうものを作ることは一方ではとても大事なのですが、捨てちゃったものを、あ、しまったって考えることも大切なのではないのかと思うのです。

國安 今のお話いただきまして皆さん感銘されていると思うのですが、やはりこう芸術の先生が考える自然、建築の先生が考える自然、サイエンティストが考える自然というのは何かどこかで違うんじゃないのかと思うのですね。今の自然についてのお話を聞いて、サイエンティストという点で安部先生から何かお聞かせ願えれば有難いのですが。

安部 そうですね、都会に住んでいたときよりも地方に住んでみるとやはり自然の大切さについて考えさせられることは多いですね。福島県は海岸線が160キロあるんですが、ほとんど人工海岸でして、これは防護という事もありますし、河川改修、海岸防護というのが大切な仕事だと思うんですが、ちょっと過剰防護なのではないかという傾向がありますね。それによって沿岸の魚の稚魚が育つ場所だとか、稚魚が育つ蛇行した川もなくなりました。ですからどうやって環境を回復するかっていうとこれから考えなくてはなりません。

國安 先ほどHughesさんのお話にあった水族館に関しても、サイエンスという切り口で見せるより、芸術というか、美的なものをむしろ全面的に出して一般の人々へ自然への入り口を提供しています。提供した物の中から無縁で遠回りのようだけれども結果として人々が自然の存在に気がついていくというのは、Hughesさんのお話を聞いて、非常に斬新な過激なやり方なのかなあと思いました。そのあたり水族館の歴史とか僕はよく分からないのですが、水族館のあり方のようなところで自然と離れたお話を頂けますか。というのは「環境」というときに、僕らはあまりにイメージで環境というか自然を捉え過ぎているのではないかと気がするのです。

安部 Hughesさんは水族館の発祥は「生きた博物館」という点で、やはり近代科学の流れに乗ってきたのではないかとおっしゃっています。ところが生物の生息環境が破綻をきたしているということで、当然動物園・水族館の役割にも影響を及ぼした。珍しい動物を集めて動物地理学的にあるいは分類的に配列して、生きた博物館に人を寄せようとするトラデイショナルな動物園は魅力が失せてきて、逆に環境展示型の施設が評価されている。

國安 芸術の現況も同じで、僕に言わせると何をこの体たらくというような状況なのですが、そうなっちゃったのは西先生のお話ではないけれど近代化の受け入れということで、芸術ももちろん、本来私達の持っている芸術観、自然観というところを置き去りにして西洋的なものを徹底的に強化して学んできたんですね。実際の教育でも西洋的な美術教育という点でやってきています。 その中で得た物を考えていってもう限界点に来ているのじゃないかなと考えた時に、先ほどのあの近代化を代表するアメリカの水族館がむしろサイエンスを推し進めているという方向と全く逆の美というものをもってきているというあり方は、先を越されているなあという気がします。なかなかこの三つのお話というのがフィールドが違うのでうまくまとまりませんが。

西 今私が一つしている仕事で建築に限るのですが、あるいは考古学分野に限るんですけれどね、なくなっちゃうものを残せないかということがあります。皆さんご存知のように東京でいうと建物が次々と壊されている、名のある建築と名のない建築と色々あるのですが、どんどん消えつつある。特に都市地域ですと代替したときに相続税が払えない。どうしても建物が消え、ミニ開発になってしまう、そういう現実があるんですね。こちらではどういう状況か私は知らないけれど、恐らく町中の街並みがどんどん変わってきているのではないでしょうか。それをちょっと考え直して残せないかなということをしています。  その時に歴史的にずーっと伝わってきた物をどう評価するかという評価軸がないのです。どこもそうなのですが、特異な物・変わった物が大事だと思うかもしれないけれども、そうじゃなくて日常・毎日見慣れているもの、それが大事か大事じゃないかの評価する軸がなくて皆さん困っているのじゃないでしょうか。あるいは気がつかないうちにものを消してしまっているのではないかと思います。
これは恐らく生き物についても同じことがいえるのではないかと。日常生活の中で我々が毎日使っているものがある時、はたと気がつくとなかったということと同じだと思うのです。気がつかないところに文化があるわけで、我々が毎日生きているということ、そのものが文化なのですから。いつも身の回りの文化をこれは大事じゃないかなと考えることが、それが大事だろうと、必要だろうと思うのですね。やはりいいものはいいということになるのだから、アートの良さをちゃんと評価することにつながっていくのだと思いますし、ものを大事にするということにもつながっていくのだと思います。非常に基本的なことであると思うんですが。

國安 評価軸ということでですね、先ほどスライドで見せていただいた時国家、あれは百年二百年経っているわけですよね。非常にトラディショナルだったものが、百年二百年経ってますます美しくなっているのに対して、近代化の中で得た僕達の芸術や建築は歴史の中でどんどん時間が経つにつれてさびれている。すごい皮肉を感じます。そのあたりで評価軸ということに対して感じられている事に何かセッションはあるのでしょうか。

西 よくその話は建築では出るのですね。木造でもずいぶん長い年月が経っているものがありますが、それはずーっとみんなが大事にして残っているわけです。この建物が今何年か、またどういう評価を受けているか知りませんが、現代が一生懸命作ったものが、どれだけ長生きしてどれだけ長持ちするかということは難しい問題なのですね。それがどうしてかは私も分かりませんが、何と言うか、身の丈にあってないものがやはり消えていくのではないでしょうか。別の言い方をすればやはり、歴史を踏まえていない物が消えてしまう。
評価軸が皆分からないという事でちょっとそちらについて話をします。私が建物を大事にしようという話をすると、今ちょっと話が出ましたけれど「古いものが大事なのですか」という質問がある。「古いものでなくても大事ですよ」と言うと「昨日建ったものでも大事ですか」と。私は「大事ですよ。昨日も歴史、今日も歴史ですから」と答えます。その時に「そう言われても先生、それは困るんですよ」と言うのです。
つまり例えば重要文化財とか何とか指定になるとそれは大事だとみんな思うけれども、自分達ではどれが大事でどれが大事じゃないか分からないのだと言うのです。それはその通りだと思います。今建っている物だって全部が全部大事かというと、私もそうは思うわけではないので、何でもかんでも大事だと言うだけではちょっと通じないなと思うのです。
私はいつも皆さんに「自分でいいと思ったものは大事なのです。それしか尺度はありません。身の回りで自分が考えてこれはいいと思ったものは哲学的に言えばそれは文化財ですよ。そう思って下さい。」と言うんですね。そうすると皆さん全然理解してくれないのです。古いものが大事なんじゃなくて自分がいいと思ったものが大事なんだという、そういう評価軸が私は今一番基礎にあるべきだと思うのです。よく質問受けるときに「指定されていないものは大事じゃないですよね。」「そんなことはありません。どんなに大事なものも大事じゃないものも指定されるまでは指定されていないんですから。」と言いますが学生達には分からなかったようです。
指定されるものも、指定されるまでは指定されていないのだから、指定されているものが価値があるということではない。指定されているかどうかではなくて、自分達が大事かどうか、それで物を考えましょうよ。それがアートであろうと、何であろうとそれしか基準軸はないのではないのでしょうか。

國安 評価というものが、いいものはいい、それしか言い方ができないのだということが非常にリアリティがあって説得させられますが、近代化の中にあって私達が間違ってイメージしているのは、私は私で一人の独立した存在だと思っていることなんですね。私という存在は歴史の中にあって共通感覚としてどなたにも共通の価値観、それを伝統と言ったり、歴史と言ったり文学と言ったりしているのだけれども、同じような共通性というか共有しているものがある。そこに訴えかけるものに、今のお話のようにそれしか基準軸はないという言い方をしないと、一人一人が重なっている部分がばらばらになってしまったとき、文化が崩壊するのではないかなと思うのです。
その何か、共通の緩やかなくくりみたいなものを、価値観を見失ってるという言葉を頂いたのですが、そこが今の僕たちは見えなくなっていっているのではないかなという感じがしますがどうでしょうか。
どんどん横に逸れてしまっているんですが、予定の時間が四時までということで、後10分少々しかありません、安部先生の方で環境水族館宣言をご用意されてきたということで最後にまとめて頂きたいと思うのですけれども。 
(スライド)

安部 日本には68ばかり水族館があって日本動物園水族館協会に加盟しているんですが、約半数が民間経営でやはり利潤追求というのが至上命令でして色々なことをなさっているのですね。ここは公共的な施設ですから、公共水族館のあり方を少し形にしてはっきりさせようということが環境水族館宣言の趣旨です。
展望室からの眺めはまさに煙もくもくの人間の経済活動場でして、この煙が止まったらアウトなんですけれども、何とか地元経済もやっています。片や第一次産業の漁業が、先程申したように沿岸漁業ですから経済水域の範囲内になり、かつての栄光はありません。そういう所でこの水族館は、こういう皆さんのご協力でIEAFO、イエイフォー(小名浜国際環境芸術祭)が実現し、すばらしい存在感を増大させています。この建物はガラスの球体、これはシャボン玉のようなもの、地球をイメージしていると思うんですが、壊れやすいイメージです。開館以来、エッグズ・オブ・アーティスト展、シーボーンアート展などをやっています。
これは潮目大水槽の三角トンネルで、光の屈折で虹が出ます。出来上がったものに、建築家が思わなかった効果が出るということがよくあると思うのですが、これも虹が出るというのは予想外だったようです。葛西を設計された谷口先生に建築家は予想外ということがあるのですか、と聞くと、設計時にはもうすべて折り込み済みと言っていましたが。(笑)
この水族館の3つのポリシーを掲げています。一つはMicrocosmマイクロコズイム。理想形の小宇宙といいますか。もう一つは Sustainability、漁業との関係、あるいは自然と人の関係で持続的な可能性をいろんな形で考えていただく。言ってみればこれは環境教育ですね。3つ目は、これも漁業と関係があるんですが、普通はカリスマ性のあるものを集めたがるんですけれども、ここのポリシーの3番目はカリスマ性のかけらもないものを追求して水槽で見ていただくという、Non-charisma、ノンカリスマ、新展示開発の方針です。
そしてこの環境水族館宣言の内容ですけれども、環境に優しい次世代を育てる役割力。海外の施設の環境学習の施設としてのありかたにくらべて日本は対応できていないんですね。遅れてるんです、対応できてないんです。ということで「海を通して人と地球の未来を考える」というキャッチフレーズのもとに環境水族館宣言をしました。

國安 ありがとうございます。今回はお世話になりました。環境芸術学会ということで「環境・交流・芸術」がテーマでしたが、恐らくここにいる皆さんは21世紀の課題として1番にあがるのは環境だということで共通認識があると思います。
学会も何度かシンポジウムを重ねまして、環境という言葉が含んでいる深みですとか広がりですとか、あるいは曖昧さ、それが思いのほか考えているより深かったり広かったり曖昧だったりしましてつかみ所がないと感じております。だけれども恐らくこれからの21世紀において中心になってくるのは環境というキーワードだ、というのはどのジャンルにおいても重要なファクターになっていくだろうという予感が皆さん共通にあると思います。
そこで芸術に関わる立場として、景観に対するアプローチ、環境に対するアプローチに対して、今までの芸術のあり方、デザインのあり方とは少し視点を変えて、学会が社会に貢献できることが何がしかあるのではないかということを皆さんに期待します。シンポジウムではますます深みに入ってしまうのですが、唯一分かることは、何かしらそういうところで私達ができることがあるのではないかということです。その期待をはっきりここで言うことができたのではないでしょうか。
今日は皆さんありがとうございました。

進行 先生方ありがとうございました。只今のシンポジウムに関して何か質問等、言葉があればお聞かせ願いたいのですが。

質問者 環境芸術学会会員の伊藤隆治と申します。本日は色々とありがとうございました。西先生にお聞きしたいことがあります。今回環境芸術学会の作品の展覧会の発表を、小名浜の倉庫でやっています。倉庫自体は歴史がありますが、横浜とか小樽のように建物に価値のある倉庫ではなく、スレートでできたベーシックなものがある程度時間が経って汚れてきたというようなものですが、そこを使って展覧会をやっています。私は安部館長と一緒に、あの倉庫を改装し何か新しいものを小名浜から展開できないかということで進めてきました。
先程の西先生のお話の中に、いいと思ったものは残る、素直にこれはいいと感じているものであれば残してもよいのかもしれないというお話がありました。私のような東京から来た人間が、アクアマリンと隣の物産センター「ら・ら・ミュウ」というモダンな建築の間に挟まれた、一般的にはあまり価値を見出せないような建物、それに魅力を感じたんですが、地元の方達はどう感じているのだろうか。見慣れているから普通だったら取り壊してしまえばいい、汚い建物だから必要ない、古くなっているから新しい物を建てたい、色々要望はあると思うんですが・・・。今回実験的にギャラリー的な使い方として作品を倉庫の中に展示しているんですけれども、まだ倉庫の中をご覧になっているか分からないのですが、どのようにお考えかちょっとお聞きしたいんですけれども。

西 はい、これはとても素晴らしい試みだと思います。今回この会場で話をするにあたって倉庫を使ってのイベントということも伺いました。これは歴史的に重要な物なのか、小名浜として残していくべきなのか、どうでしょうという話もありました。私はどのようなものか分からないので県の方々、小名浜の方がご存知だろうということで行政に問い合わせをしました。行政から頂いたお答えは、どこでもそうなのですが「そういうものはありません」と。僕はその意味が分からなかったのですが、「小名浜にはそういう歴史的な建物はありません」という意味なのですね。僕が本当にそうなのですかと聞くと、ちょっと意地悪を言っているんじゃないかなと思われたらしくて「少なくとも指定されているものはありません」と、そういうお話でし
た。僕はその電話の方に、指定されていないから歴史的なものじゃないのかとか言おうとしたのですけれど(笑)「分かりました」と言いました。恐らく一般的な理解は、指定されている
物が歴史的なものであるということなのでしょうけれども。
しかし今回この倉庫を使って、これが初めて生きてくるということなのですね。何か違う、それこそ見方を変えて使っていけるのじゃないかと。ですから皆さんも、そのつもりで考えていただければきっと有効利用ができるのじゃないかということなのです。壊してしまうのが一番簡単なのですけれども、今何でも壊すのはちょっと違うのじゃないかという時代になってきております。壊すのにも今お金がかかる時代ですし、勝手に物を捨ててしまうのもいけませんから。何か使うのにもお金がかかりますが。
今建築の世界では、グリーン調達などという言葉もありまして、余計なゴミが出ないものを使うことが試みられるようになってきました。先のことを考えようということです。これは車なんか何でもそうなんですが、そういう時代に入っているのですね。そういうエコ何とかっていう。グリーンだのエコだのって言うのですが、それだったら捨てないことが一番グリーンでありエコなんじゃないかと思うのですね。そういうことでこの倉庫で素晴らしい会がもたれたのではないかと思います。

質問者 それで実はこういう試みが、倉庫の使い方が今後続くのかということがやはり一番心配で、いまは勢いでこういう形のものができて皆に喜んでもらえるといるのかもしれないのですが、地元にその建物がいいと思っている人がもし少なければ、もしそういうもの残したとしても、利用されるのかどうかとすごく不安を感じています。きっかけとしては環境芸術学会の皆さんに参加していただいていいと思うのですが、続けていくかどうかということを考えると、やはりこの地域というか地元の方々がどれだけ今後愛着を感じていいと理解して、残していくのかとても不安なところがあるのですけれども・・・。
今の話を聞きまして、先ず理解をしてもらって、いい物を表現をして感じてもらうことだと思いました。今回の展覧会も皆さんの本当に努力でできたのだと思うのですが、いい形で残していけるのではないかと感じました。有難うございます。

進行 有難うございます。他に質問者ありますか。

質問者 今の伊藤さんと西先生のやり取りに少し関係があるのですけれども、少しというかかなり関係があるのですが、私は森と申します。私は元々はいわきで生まれまして、今は東京に住んでいるのですが、いわき市にとても優れた人々がいまして、歴史建築活用委員会という団体を数年前に作りました。それはあるとても美しい小学校の壊されてしまうのをなんとかしたいというところから発足した会なのです。そんなことをやっております。とても非力な団体です。ただ歴史建築活用団体があることによって、何か町の人が古い物に対して、あるいは物を壊してしまうことに対して理解していただけるという、少しずつそういうことは困るという意識、何とかしていきたい、歴史を大切にしていきたいという意識が少しずつ町の人の中に定着しつつあるということを多少は自負しているのです。
ですから今、西先生のお話を伺いましてとても勇気づけられましたし、また伊藤さんの方から小名浜はどうなのだろうかというのを聞き、それはこの町の人達に、少なくとも歴史建築活用委員会を構成している人達にとっては、重要な具体的な課題だと思います。ですからそれはやっていかなくてはと思っているのです。
それと安部館長の発表と少し関系があるのですけれども、これは感想あるいはお願いなんですが、僕が中学生の時にはこの付近には、先ほど阿部館長のスライドの中で煙が出ていた所ですが美しい砂浜がありました。そして中学三年の時に、この砂浜で泳ぐのはこれが最後になるぞと友達に言われまして、最後の海水浴をしようと、ちょうどそのあたりを泳いだと思うのですが、そのようなことをタイムスリップしながら見ておりました。僕が今朝ここに来る途中、いわき市の新舞子海岸というところがありまして、とても美しい海岸なのですが完全に人工的な海岸でして、そこでずいぶん多くの人がゴミを拾っておりました。お爺ちゃんもいるしお婆ちゃんもいて、あるいはお母さんぐらいの人、お父さんぐらいの人、子供達までいて、たぶん近所の人なんでしょうけれども、かなりの人数がおりました。その時に、なるほどこういった人の日曜日の朝の自主的な活動によってこのきれいさが保たれているんだと感じました。そこはゴミがすごくよく捨てられるところで有名なのですが、その朝はとても美しかったのです。
例えば芸術には抽象芸術と具象芸術とありますけれども、水族館は、これは安部館長もおっしゃいますが完璧に抽象的な芸術なのです。でもやはり抽象芸術だけではやはり人間は満足しない。やはり具象芸術も見てみたいというのが人間にはあるわけです。そうすると例えば、アクアマリンふくしまの一つのビーチとして海岸として残すようなことはできないのだろうか。例えばホテルの中に一つのプライベートビーチがよくありますけれども、それの巨大なビーチが将来水族館の一つの施設として保全されるということがあってもいいのではないだろうか。そういうことを想像しながら伺っておりました。以上です。

國安 素晴らしいプランが今あがり、わくわくするようです。

安部 海も川も独自のフィールドを維持しながら、いろんな活動に使うというのが構想としてはありまして、なんとか実現できればいいなと思っております。それがあんまり遠い川では困りますのでそれを漁業組合と相談しなくてはならないのですが。あと山は比較的楽だと思うのです。阿武隈山地の小川がすぐ近くにあります。ある場所をフィールドに仕立てて、というような可能性はあると思います。

國安 今の話ができるよう考えられるのにはどうするのがいいかというと、維持費がかかるので、ここの水族館のように入館者がいっぱい来て経済的にも成り立つことが必要ですね。そういうビーチとか山が残るような、まさに本当の自然の中の自然博物館のようなものでお金が回るようなことができたら一番モデルケースになると思います。勝手ではありますが。(笑)

安部 そうですね。この人工環境の維持管理では膨大なお金かかってまして。ですから自然は壊さないに限るということなのですけれども、やはりそれにかけたお金にふさわしい活動をしなくてはならない。その中にはアートも重要な要素なのです。もちろん本当の自然を活用するということも大事なのですが。

進行 もう一つ二つ質問がありましたら。

質問者 高橋と申します。先ほど西先生からお話がありました、自分が大切だと思うものが大切だというのは、私達アーティストは当たり前のこととしてあると思うのですが・・・。私も作家活動を続けていてワークショップなどをしているときに、方法を教えて下さいと言われることがあるのですが、それは無意味だといつも言います。先ずを自分が感動したりうれしいと思ったり悲しいと思ったり、それが一番の大事な原点にあって、それを形にするときに、どういう方法を取るかというとその人にふさわしい方法を取ればいいのですよということを言うのですけれど。ただ日本の教育の環境の中で自分の意見が言い難い環境とか、自分の意見を持ちにくい環境があると思うのです。
例えば今朝も作品発表を見に来てくれた小学生の団体がいたのですが、自分の意見を言う場がないのではないのかなと思うのです。一つのものを見ても十人にいたら十通りの感じ方があるわけで、それを自分の意見はこうだけど誰それの意見はこうだということをお互いに言い合って、自分はこう思うんだけれど他の人はこういう風に感じることもあるんだということを理解する機会というのが、私たちの育ってきた環境の中で少ないのではないかと感じるのです。それは西先生がおっしゃった、自分がこうだからいいんだという個々の勝手な自己主張になりやすいということに繋がっているんじゃないかなって思うんですね。それが今回のシンポジウムにでも、見に来てくれた人に何か意見を言っていただく場があればもっとる広がりがあるのではないかと感じました。

國安 そういうことで言うと分からないのですが、Hughesさんを前にして言うと失礼かもしれませんが、アメリカ人は国家とか星条旗とかアメリカの理想みたいな物を信じて、一つにまとまるという自信に満ち溢れて、それが世界で疑問を起こしているのですけれど。(笑) そう考えると日本人は何か自分達に自信が持てるものがないのですね。そう考えると、日本で一番よかったのは江戸時代なのではないかと思うのです。(笑) 今、平和というのが一番価値があるとされていますけど、世界の先進国で唯一260年間平和が維持できていたあの時代が案外よかったのではないのかと思います。百年間僕らは道を間違えてきて、本来のあり方を考えた時に、江戸時代というのが一番社会循環型のシステムができていて、環境問題をクリアしていてそれでよかったなと。
何がよかったのかというと参勤交代していたから良かったのではないのかと思うのです。都市と田舎とが交互に入れ違っていて、今日の話ではないけど、視点を変えてみる。トップが都会と田舎を行き来している中で、違う価値観を田舎と都会とが共有するのが今一番理想的で、僕達は帰るところ間違えているのかなあという気がしています。ただの個人的なものですが。 僕達はその時代の共通するところまで歴史をさかのぼってみれば、何かつかめる物があるんじゃないかというような感じがしていて、先ほどのような時国家のような建築を見るとほっとするんですね。何かこう非常に無条件に和めてしまうというのは僕達の血の中にあるのかなと思うのです。少し危険でしょうか、そのような考え方は。民族っぽくなってしまって。(笑)

西 今の話とは少し違うのですが、先程のご質問に対して。自分でいいといった物はいいんだよと私が言ったのは、今日はアーティストの集まりだってことを忘れていました (笑) あちこちで判断の基準がなくて困っていらっしゃる方に言っておりまして、今日お集まりの方達は自分がいいと思うものを皆さん持っていらっしゃるのですから。

質問者 それはもちろんそうなのですが。それではなぜ、アーティストは分かっているのに一般の人はなかなかそう思ってはくれないかというと、学校教育の中で美術で何かしたり、そういうことなのではないかと思います。

西 それはそうですね。自分で判断するという教育は、今までそれほどしっかりしてきていないと、それはあると思います。

質問者 こういう機会でも少しずつでも、そういうことが可能なのではないかと、今日色々な人が見に来てくださった中で感じたものですから。そういう機会をたくさん持つことがそういう人を増やしていくということに繋がるのではないかと思ったものですから。

進行 有難うございました。それではもうお一方ぐらいいかがでしょうか。宜しいでしょうか。
それでは、これにてシンポジウムを終了させていただきたいと思います。本当に今日は安部館長、西先生、石井さん、國安さん、有難うございました。もう一度大きな拍手をお願いします。それからHughesさん、有難うございました。

 これで環境芸術学会の第4回大会のアクアマリンの中での日程は終了です。今16時16分ですが、5時まで倉庫の方、展示しておりますので、ご覧になっていない方がいらっしゃいましたら足を運んでいただけたらと思います。今日は機械による不手際が多くて大変申し訳ありませんでした。一応これで無事に終わったと思っております。有難うございました。